Act START

 

 疲弊した男性は今にも倒れそうになりながらも、逃走を続けた。

 しかし、やがて力尽き、裏路地の壁に肩をぶつけ、擦れながら地に伏せる。

 疲弊し、汚れもした。

 だが、彼は僅かな消失感と共に、納得のいく達成感も得ていた。

 

 半身を捻るように起こし、壁に背を付け座り込む。

 “終わった”――そのことがたまらない。

 彼女にわざわざ報告などしない、いや、する必要などないだろう。もう、終わったのだ。

 かつての不幸は拭われないが、納得のいかない結果は破壊した。これ以上彼女は日常を失う事もないだろう。いざとなれば自分は、この指は、彼女への障害をすべて崩壊させてみせる。――守れるのだ。夫婦の日々、充実を――。

 

 安心が感情の全てを覆い尽して、朦朧とする意識の中で男性は瞳を閉じた。

 意識が薄れゆく中。

 この男性に声がかけられる。

「どうかしたんでしょうか?」

 男の声。しかし、男性は他の何もかもがどうでもよく、許せる。

「いえ、大したことは無いです。ただ、少々疲れただけです」

 男性は浮んだままの言葉を飾らずに返した。

「そうですか……ええ、こんな所で座り込んで随分と疲れているようだから。でも、君……とても幸せそうだね」

 男の声が耳に入るが、意識はほぼ無い。ただ、律儀な性分が僅かに残っている感覚で答える。

「はい。幸せです。これで私達は、ずっと、ずっと、幸せです――」

 目を瞑ってはいるが、世界は白く、明るい。

 なんて、清々しいのだろうか。

 

 そうだ、明日は休日。妻にも昨日言ったかな。

 明日は思い出のキャンパスに行こう、と。2人で、散歩をしよう――って。

 

Story  o f   奇転の会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの、すみませんが』

 

 

 

『はい』

 

 

 

『君の写真を1枚。その……記念に撮っても、いいですかい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Title  by  四聖獣

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LAST GATHERING

 

 

 

Precious

――   +   ――

Picture

 

 

 

 

 

 

≪ 奇転の会 ≫

BLOCK−5:バーデン=ヴァーデン=クロイツ

 

 

 

 

 

 

 

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Act1

 

“ パシッ―― ”

 ホテルの一室。弾ける音が響いた。

 頬を平手で張られた良い面の男は「っ――」と痺れる部分を撫でる。

 下唇を噛み、女は半泣きのまま男を睨んでいる。

 

 “朱雀”は女性がどんな自分を求めているのか、それを的確に見極め、そして実行することを旨としている。

 こと、“カレン”は優しくエスコートされることを望んでいるようで、時に不条理な身勝手に振り回されることを期待している。素直に「ごめん」などという言葉は、求めていない。

 だが、だからといって放って置かれたいとも、無視されたいというわけでもない。

「――――」

 こういう場合、鋭い視線を返し、威圧するのがカレンへの上等な対応だ、と朱雀は心得ている。しかし、それはいつもしている他愛の無いじゃれ合いでの話。

 朱雀は睨むどころか、極自然、“普通”と表現するに適切な目をカレンに返した。

「許さない!!」

「――――」

「っ……最低よ!!」

 カレンは力いっぱい目の前の男を罵倒する。

「守るって言ったじゃない! 何も不安はないって、言ったじゃない!!!」

「――――」

 声を震わせて、唇を噛み締めて、両手で涙を拭う女。

 朱雀はその姿を、ただ、何と言うことも無く見ている。

「うぅ……馬鹿っ……怖かったのに、あんなに怖かったのに!!」

「――――」

 言葉も発さず、動かず。ただ、見守っている。

「ぅぅ……ひぐっ」

「――――」

「……っ。何よ」

「――――」

「何で――――何で抱きしめてくれないのよ!!!」

 拭いきれないほどの涙が溢れる。怖かったから、本当に、心配したから……。

「抱きしめるさ」

「……!」

「“ゴメン”な、抱きしめるのが、遅くなっちまって」

……――――うわぁぁぁぁん!!

 

 思い切り、飛び込む。しがみ付く。

 やっと動いた彼が広げた両腕の間。

 開け放された胸にギュッとくっ付く。

 

 涙も、鼻水も、何もかもが、流れていく。

 きっと心が流したいと願ったのだろう。

 彼なら、汚れてしまった心の水を、綺麗にしてくれると、信じているから――。

 

「ぅぅ、ばかぁ、あほぉ……ううぅっぐ……」

「いいぜ、その調子だ。怒りなよ。俺のこともっとムカついてさ、頭ん中の余計なもの全部取っ払って、俺への文句だけ考えな」

「……」

「今日は好きなだけ説教垂れてくれよ。話したいことも、好きなだけ話していい。

 満足いくまで好きなだけ甘えて――いいゼ、カレン?」

「・・・・・・イーグルの、ばかたれぇ」

「“アルフレッド”さ。俺の名を呼んでくれよ」

「・・・あ、アフルレッド……」

「それでいい」

「あるふれっど――アルフレッド―――!」

 

 しがみ付いた彼の身体に染み付いた、いつもの香り。

 きっと、ついさっきまで吸っていたのだろう。いつもの銘柄の煙草。

 今となっては「吸わないで」なんて言いたくない。

 抱きしめられるたびに嗅ぐこの香りは、「幸せ」の合図だから。

 

「洗い流そうぜ。じっくりと、たっぷりと。俺がお前の嫌だったこと全部、洗ってやるよ」

 額に触れて見つめる朱雀の言葉。

 カレンは「もうっ――」と、高鳴る鼓動で呟き、頬を染めて体を摺り寄せた―――。

 

$四聖獣$

Act2

 

 惨状だった。それは誰もが予想するより、映像で伝え聞くより。

 

 救助も手伝った。 だが、軍や公的な人々が入り乱れるその地はあまりにも危険。ただでさえ、緊急な状況である。特殊部隊ですら出ているこの時分に、リングランドも最悪の殺人鬼を相手にしていたくもないであろう。

 

 汗水を流して、神経を尖らし、埋もれた人を探しては他の人と共に救出していた“青龍”だが、最初に彼を見つけたのがツレの顔見知りでよかった。そうでなければ、彼はその場でどのような容疑をかけられていたか解からない。今がどうであれ、彼への特一級手配が解けたわけではないからだ。

 

 ある程度の融通はきくが、被害の只中にいられては保安部としても彼に容疑をかけざるをえない。青龍はその地を振り向きつつも去り、通常の人ほどにすら人を助けられないことを恥じた。

 

 

 レオディルブロックから離れた、アッパーロードの観光地域。

 こんな日でも建設が進むツインホーン・タワーを見上げて、青龍は自分にできることを考える。人に紛れてろくに救助活動すらできない己。だが、しかし、自分にしか出来ないことが何かないか、と。

 

 できること――所詮、抱く信念がすでに他を断つ物故、たかが知れている。

 斬る事しか、断つ事でしか護れなかった。今も、その本質は何も変わっていないだろう。

 未熟で、野蛮。しかし、そこには正義がある。

 軽々しくも言おう。それでも、積み重ね、悩み、懸命に灯した信念――正義。

 若き日の自分を後悔するが、同時にそれを考え、礎とした。

 

 この信念を、これこそを“護る”のだ――と、昨夜のあいつに反論する。

 それも、言えば嘲笑われるだけなのだが。

 

 

 何やら細かき事、小さき事を懸命に悩む侍。その姿が“良し”と映るか“悪し”と映るかは人次第。

「おぉ! ちょっとよろしいでしょうか」

 ことに、彼に声をかけたこの男性は“良し”と見たのか?

 ・・・いや違った。道縋る人をそんなに的確に色々ゴチャゴチャ考えながら見る人なんてそうそういるものか。

「あなた、それ。私は知っていますよ、SAMURAIですね!」

 男性は興味有り気な眼差しを、嘗め回すように青龍に向けた。

 またか、と思いつつも青龍は若干挙動をぎこちなくして

「ああ、そうです。侍で“ござる”」

 と答えた。先程の例があるので、少し余裕がある。

「わぉ! すごい! 私、日本の映画大好きなんですよ!」

「はあ……それは有り難い」

「カクゴセイヨッ、オヒカエナスッテ! ズバッ! ブシュア〜ッ!!」

 「ギェェ〜」と何らかしらの映画を再現する男性。青龍は「あはは・・・」と、とりあえず微笑んでいる。

「サムライさん、それで、1枚写真を撮ってもよろしいですか?」

「――ああ、どうぞ」

 今一張りの無い声で許可し、斜に構える。2回目ともなれば慣れたものである。

「オ〜、これはイイ!」

 デジタルカメラで撮影したその勇姿を確認するリングランド男性。

 あまりにも目の前で「イイです! すごくステキです!」を連発するので、青龍は眉間にシワを寄せ、頬を軽く染めた。

「ありがとうございます。弟にも見せてあげますよ、きっと喜ぶぞ!」

「!」

 サムライの真似のつもりか、チョップを繰り返しながら礼を言う男性。

 青龍は、この人も弟がいるのか、と小さな偶然に想いを馳せた。2人とも、「弟が喜ぶ」と言っている。良い兄だ……。

「……」

「それでは、御免なすって!」

「ああ。――弟さんを、大切にな」

「おお、もちろん!!」

 リングランド男性は満足気に、デジタルカメラの画像を眺めながらその場を去った。

「――――」

 

 その後姿を眺めて、青龍は薄く微笑んだ―――――。

 

$四聖獣$

Act3

 

 ホテルのロビー。経営者が「リングランドの別荘が少ないわ」などとほざいて乱立させたそれの1つ。 数人の従業員のみを出勤させ、他の予約客は別の同系列(ちゃんと格上です)へと泊まらせている。

 

 

 静かな午後の始まりに、1階層を丸ごと使用したレストランの店内で。

 円形のレストランに並ぶ三角のテーブルの1つ。

 周囲170度の窓にリオドールのオルブレアブロックが広がる。

 

 ☆☆☆のレストランには客が2人。

 彼らが向かい合うテーブルには、ツバの広いテンガロンハットが置かれている。

 

 湯気が上がる珈琲。

 禁煙の店内で堂々と煙を吐くその姿はあまりにも図々しい。

 テーブルに踵を重ねて、彼は睨みを利かせた。

「たのむぜぇ? おっちゃん」

 この態度。人によっては「馬鹿にされた!」と感じるであろう面の良い青年の悪魔じみた笑み。

「う〜む、すまんかった。“外れ”を侮りすぎたな」

 パツパツのフォーマルを椅子の背もたれに引っ掛ければ、もうそこにはタンクトップのムキムキマッチョが姿を現す。“エイトリックス”は非常に申し訳なさそうだ。

「ロイさんから“ヤバイ、マジヤバイよ”くらいのノリで言われてたんじゃねぇの?」

「言われた。“シャレにならんわよ”と、きつくな」

 エイトリックスはその丸太のような腕でカップを口に運ぶ。異様に小さなカップに見えるが、それは目の錯覚というやつである。

「ま、おっちゃんを責めてもね―――後で直接、ケジメはつけるさ」

 言葉の最中。顎を下げ、上目に見て、口の端を大きく持ち上げる。「ハハッハ」と楽しみな様子を抑えきれない青年。

「それで、ロイさんから何か報告はあった?」

 すぐに飄とした顔に戻り、ヤニを吸い、煙を吐く。

「ん〜、協力者共からは何も聞き出せていないらしい。とは言っても、開始してから1時間だが。例の2人は片方重症でウワ言を繰り返し、もう1人は口枷を着けて警戒中」

「あれだけいたから、どっかはなんか出すだろ。ていうかロイさんだまくらかした奴って、今頃どうなってんだろうなぁ? まさかのご本人出陣に俺の期待も高まってんだが」

「可愛そうではあるな。“脅されているらしい”ということは解っているが――本人の意思ではないにしろ、とんでもないのを騙しちまったのが運の尽きってことだな」

「あはっは。本当、カワイソウな。―――くっ、アハッハハ、、、あっははha!!」

 本当に、楽しそうに笑う。

 無邪気にも、やはりまともではない青年に対し、エイトリックスは苦笑いを送った。

「彼女は今、どうしている? 大丈夫そうか?」

「へへっへ……ん・ああ、大丈夫さ。しっかりと、あいつの嫌な体験は俺との最高の体験で塗りつぶしてやったぜ」

「・・・そりゃヨカッタ」

「――昨日のこともあって、疲れたんだろう――今はぐっすりと眠っているよ」

「そうか、塞ぎ込んではいないのだな」

「俺の女は――あいつは弱くねぇから。俺もいるし」

 ふてぶてしく乗せた靴のつま先を揺らして煙を吹き上げる朱雀。

「しかし、やはり申し訳なかった。警備を地上に割きすぎ――/

/娘さんは美人に育ちそうかい?」

 言葉を遮られて、エイトリックスは目をパチパチさせた。

 この青年、狂ってはいるのだろうが、どこか憎めない。あのサングラスも良い影響の1つや2つ立派に残したのだな、と成長を実感しながら目の前の青年を眺める。

 朱雀は微笑んで、「ヘイ、どうなんだい?」などと聞いている。

「フッ・・・俺のワイフはとびっきりなんだ。彼女の娘ならハリウッドも楽なものだろうよ」

 そう言いながら娘の写真を取り出そうと、胸ポケットに葉巻のように太い指を突っ込む。

「いやぁ〜、あんたの娘でもあるからなぁ」

「んん? 見事なハリウッド顔だろ?」

「どちらかと言えばボディビルのチャンプ顔だぜ。それか市長」

 機械の身体で液状の次世代機と戦いそうだな、などと思う朱雀。

 

 エイトリックスは豪快に笑った。

 憎たらしくも、しかし良い面で笑う朱雀。

 

 写真に写る娘を見て、「oh! 父の要素皆無じゃネェか」と彼女の将来に期待した―――。

 

 

 

 

$四聖獣$

Act4

 

 街中をふらつく青い髪の侍。その右の前髪には淡い桜色の布で出来た髪飾りが揺れている。

 とりあえず今回の片がつくまでリングランドには残るが、あいつのことだ。それは今日にもついてしまうかもしれない。

 

 青龍は紙袋を左右の手にぶら下げている。

 ナユには――“黄龍”には服を買っていこうと思ったが。散々悩んだ挙句、よく解らなくなり、ピンクのご当地Tシャツで落ち着いた。その胸元には「ここはリングランド」と表記されている。

 玄武と虎にはお菓子の詰め合わせ。「そっちのが多い。それも俺が食う!」「それ、美味しそう。そっちが良い!」などと喧嘩になることを予想して、まったく同じものを買い揃えた。どの道、奪い合いにはなるのだろうが、それはもうしょうがない。

「あとは……やめておこう、か。ロイさんの分で最後にしよう。だが――むぅ」

 ただでさえ悪人面にもほどがあるのに、悩み、眉間にシワを寄せる。

 リングランドの方々は「おお、サムライじゃん」と思うと同時に「うわ、危ないじゃん」と危険を感じ、離れて通り過ぎる。

 そういう能力なの? と言いたくなるくらい青龍の周囲には人が寄らず、円の形に間ができている。

 何を買えばいいのか、と悩む彼が真横のショーウインドゥに目線を当てる。

 そこは口紅の専門店。リングランド発祥の有名ブランド。

「ぬ――口紅、か」

 ・・・でも、どうなのだろうか。ネフィスは口紅くらい使い捨てるほど持っているであろう。だがそんなことを言えば何を贈っても持っているものとかぶりかねない。

 ならば、彼女が持っていなさそうな奇抜な色とかを買ってみるのはどうか。この水色の口紅とか――いや、イヤイヤ。水色の唇をした女性などいるか? だが、世界は広い。もしかしたら今の流行は水色の唇なのかもしれない。だってショーウインドゥの一角にあるし。

 でも、でもである。ロイに水色の口紅が合うかというと――いや、合うのだが、それは彼女が何着ても似合うのと同意に、元が良いだけであって口紅が優れていることには……構わない、か。要はその人に似合えば。 だが、水色は勇気が要るだろう。

 などとあれこれ考えていると、少し先のジュエリーショップが目に入った。

 ジュエリー……宝石!? ――――いや、待て待て。そもそも金が無い。そんな物を買っていられる金が無い。というかむしろこの口紅も高い。しかし、今回は協力もしてもらったのだから、相応の値は張るべきでは・・・。

 鬼の形相で口紅店の前に立つ青い侍。

 何の恨みがあるのだろう?

 サムライが口紅を恨む理由が解らないが、とにかく何か怒っているように見えるので一層周囲は寄り付かない。だから、店にも客が寄り付かない。

・・・――20分が経過しても尚、睨んでいるサムライ。

 店内では怯えて困り果てた店員が店長を連れて来た。

 しかし店長も「アレは本格的にヤバイわ……(ゴクリ!)」などと彼を恐れ、ポリスに頼むしかないと覚悟を決め始める――― /

 

 

 

 

/ ......その折、凄まじい“虚無感”。

 

 

座り込み、地に手を着く。青い髪を押さえて。

 

無くなった。今まで在ったのに。

――いや、在る。正義は、この心に在る。

 

だが、無い。

最も、一番、自分に必要なもの、コト、何?

 

解からない。解からないモノだ。

必要なモノ、コトか。とにかく、無いことだけ解る。

 

心が、精神に巨大な穴が開いてしまった。

何を、一体自分は何を失った?

そもそも、失ったのか?

 

 

何一つ、解からない。つい先程まで、満ちていたはずの心…………。

 

満ちていた先程までの自分が、理解できない―――――。

 

$四聖獣$

Act5

 

 部屋に戻ると、カレンはまだ眠っていた。

 

 ベージュのベッドに白い布物。溶け込みそうなほど白い肌。

 胸から下は布の下にあるが、片足がそのまま露見している。

 布地からさらけ出された柔肌を一撫で。「んっ……」と、小さな反応があった。

 

 隣に寄り添おうと(ついでに行おうと)衣類を脱ぎ、テンガロンハットを帽子掛けに引っ掛ける。

 ベッドに入り、彼女の下半身に手を回した。

 

突如、携帯が唸る。

 

 鏡台の上で震えるそれに、例えるまでもない、そのままの間の悪さを感じながら。朱雀はシャツとジーパンだけ着用し、それを持って部屋を出た。

「――どおもぉ、イーグルですがぁ?」

 自分の感情を通話相手へとストレートに伝える朱雀。

『どおもぉ、ネフィスですけどぉ?』

 対応をオウム返ししてくる通話相手。

 ロイの態度にイライラを募らせる。

「あ゛ーもうっ、なんスか。なんか解ったンすか? まさか見てませんよね?」

『見ないわよ。あなたを監視しても鬱陶しいだけだもの』

「あ゛?」

『ほら、スザちゃん! 少し邪魔されたくらいでイライラしないの!』

「……あいあい」

 廊下の壁に寄りかかり、反対側の耳をほじる。

『あなたね、昨日節度がないとか言ってたけど。それって自分のこと?』

「俺なりに節度をもって“性活”を営んでいますが」

『・・・ほんと、あなたって子は……そのうち愛想つかされるわよ』

「は? 愛想尽かすって、誰が? カレンなら俺が/

 /でね、彼らに妙な共通点が見つかったの』

「は? おい、それよりさっきの意――――……共通点?」

『ええ、1名を除いて、ね――』

 

 

 心が掻き消えてゆく。

 価値観が、思想が、自分が摩り替わってしまったのではないか?

 

 青龍は足りないモノが“無い”という絶望と、それが何なのか“知らない”という恐怖に身を抉られる思いを感じていた。

 焼却炉で焼かれる最中に蘇生してしまったかのように、全てが苦しく熱い。

 生命あることが苦しい、辛い。

 

 事故で良い、突然に、すっぱりと死んでしまいたい。

 誰でも良い、突然に、何も告げずに殺してほしい。

 

 理想の死に方を考えるしか己を慰める手段が無い。その最悪の精神異常。

おぁぁっぁ......」

 人の目から、人の気配から逃れる。

 

常に柄に手は在る。

いつでも斬れる。

誰でも、言われれば斬る。

目に映る、感じたことは無しに、ただ、斬る――。

 

 通過したはずの己が甦る。いっそ、戻れば楽なのだろう。

 だが、“正義”は失われていない。今の自分は目に映る、感じたことをか細くも強く護られた“信念”に準じて判断できる。

 そして、それが死んでしまいたいほど厳しい。

 

 もう、誰でもいいから、殺してくれ。

 もう、誰でもいいから、殺してしまおうか。

 

 どちらでも、己の信念を失える。

 しかし、失わない。“正義”は大切。やっと、どうにか形にできた“正義”。それはあいつらと、あの人が支えてくれた証。絶対に、失いたくない。

 

だが――しかし――でも――

 

エンドレス。無限に巡り回る、矛盾。 遠心力、摩擦熱に耐え切れそうにない……。

ああああ......っっ、ううぁが

 柄に置いた手を握り、動かす。鞘に包まれていた信念が見える。

 

今度こそ、取り返しがつくうちに。今度こそ、この首を―――。

 

 

「どうかしたかい?」

 抜きかけの信念を留め、顔を上げる。そこには先刻、見知った男が立っている。

 

風邪用のマスクをつけており、髪は黒くてぼさぼさで、長い。

背は低くないのだが、猫背で、首も常に竦めている。

そして、先程と同じに。古くとも良く手入れされたカメラを手にしている。

 

「具合が、悪いのかい?」

 風邪用マスクの男は目尻にシワが目立つその表情を濁らせた。

「……いえ。大丈夫、です」

 青龍は残っている微かな理性で言葉を返す。

「本当の、ほんとうですか。どうみても、具合が悪そうでしょ?」

 風邪用マスクの男は、一歩近づいて首を傾げた。

「平気だ。大丈夫」

 青龍は残っている微かな理念で引き抜きそうな信念を抑えた。

「心配だよ。もしかしたら、何か“失った”のかな?」

「いや……。失っ、た――?」

 風邪用マスクの男の言葉に、青龍は何か、疑問への引っ掛かりを感じた。

「そう言えば、あなた、さっきのサムライさんでしょ。あの写真、現像できたよ。とても良い写真になりました。――見たいでしょ?」

「いや、今は……」

 何か。男の言葉に引っかかる何か。

「見たくないのですか?」

「ああ……いや、ん?……」

 解からないが、何かが、何かが――有るような。

 

「見に来なよ。もしかしたら、あなたの“宝物”になる1枚かもしれないから―――」

 

 

$四聖獣$

Act5.5

 

『――とくに、ポロシャツのは血がついてて破れてて、判別が大変だったわ』

 

「――で、それがどうしたってんです?」

『ちょっと変だなって。だって、4人中3人が持っているんだもの』

 

「…………」

『まぁ、ただのナルシストの集まりなのかも知れないけど』

 

自分が被写体の写真――ねぇ……」

『それともう1つ』

 

「ん?」

『全部ね、珍しくて古い、同じアンティーク物のカメラで撮られているのよ』

 

「……古いってのはまぁ解るかも知れないが、なんで機種まで?」

『専用の用紙に転写しないといけない特殊な物だから』

 

「――そりゃ面倒だ」

『そう、だから売れなくてすぐに販売が終わっているわ。だから、現存数も少ない』

 

「ほぉ……」

『でも、その分。当時としては最高品質のものができるわ。今でも通用するくらい』

 

「ふぅ〜ん」

『それで、その転写用紙。在庫が残っていてね。販売も一応続いているの』

 

「そりゃまた利益が出なさそうな――」

『なんでもあるって、品揃えを謳い文句にしているからかしら』

 

「――販売しているってのは」

 

『ネット販売最大手、“ナイル社”よ』

 

$四聖獣$

Act6

 

 扉は広大な地下施設に繋がっているため、少し遠くに設置されていた。

 整備の為に作られたという扉を開くと、階段がある。

 

 階段を下りると、端が霞むほどの発電施設が広がっていた。

 導かれて、施設を通り抜ける。

 観光客には40階までを開放しており、それ以上の階はまだ建設関係者以外は入れない。

 

 しかし、エレベーターは40階を越え、上へ、上へと上がっていく。

 

 やがて停止したエレベーターを降りると、それを中央に貫かせた四角いフロアに着いた。

 まだ予約のみで誰も居住できないはずの居住区。

 風邪用マスクの男がここまで自然な挙動で、当たり前のこととして来たので、青龍は今いる建物をただの高級マンションくらいに思っていた。

 

 部屋に入り、開け放された視界。

 

 湾曲した一面を見て、並ぶ建造物の無いひたすらに青い景色を確認して。

 青龍は「もしかしたら」と、ようやく自分が今立っている建造物の正体に感付いた。

 

  黒いソファにガラスのテーブル、木製の本棚。

  それしかない、充分に広い空間。

 

 風邪用マスクを着けた男はソファに座ると、テーブルに宝物のアンティークカメラを置いた。

「素敵でしょ? この世界に8つしかないんだよ」

 宝物の手入れを始める風邪用マスクの男。

 青龍はただ、無言に己の感情を耐えている。

「そうだ――これが、ソレ。ね、“良い写真”だと思わない?」

 

心臓が、萎縮した。

世界に、音が無くなった。

身体を、静電気が駆け巡った。

 

!!! ――――っぁ…………ああああああ!!??

 精神が事故にあったかのように、強い心の衝撃に声が詰まり、渋滞した叫びが一気に飛び出した。

「どうしたのかな」

 写真を両手で掴み、掲げる。

「っそ、ソレ――は!???」

 どうしたものか、この想い。

 見つけた、やっと出会えた。

 そこにある。ぽっかり開いてしまった穴を埋める物。

「これは“あなたの写真”ですが。どうかしたかい?」

ああ、あああ。そ、それ――その……」

 歩み寄ってしまう。手も、自然と前に出る。喉から手が出せるものなら、出したいほど。

 焦がれていた。想っていたソレを渇望する。

「もしかして、コレが欲しいのですか?」

「!! う、うん。そう。すまないが――くれませんか、ソレを」

 青龍の言葉を聞いて、風邪用マスクの男は手にしている写真をヒラヒラと宙で振った。

 無防備に急所を弄られる感覚。

 脳の薄皮を直接撫でられる気分。

 その危うさに、膝を着いて「ああ」と呟きながら、挙動がたどたどしくなる。

「さしあげましょう」

「お、おお……」

「“腕を一本”です」

「――!!」

 写真を振りながら、対価の要求をする風邪用マスクの男。しかし、写真一枚と腕一本。通常は釣り合うはずもない。

 だが、青龍は既に鞘から刃を抜き終え、左手を今にも切断しようと構えている。

「やめましょ? そんなことされても困るよ」

 男は、写真を止めた。

「――? しかし、腕を、と――」

「あなたのだと、誰が言った?」

「え……」

 風邪用マスクの男は思うことがあるのか。一時口を閉じた。そして、渾身の想いで要求を伝える――。

「あなたのお仲間。“朱雀”とかいう人の“腕を一本”。それと交換しましょ?」

 この時。 青龍は、何も考えることができなかった。

 無理難題。とてもではないが一息に判断できない要求。

 自分の中で衝突する大切なモノを“護る”意思。

 正義はある。だが、目の前にアレはある。

 比べるまでもなく、アレのほうが大切、欲しい。

 だが、決して正義への決意が揺らいだわけでも、弱まったわけでもない。ただ、それ以上のモノがあるだけ。

 悩み、唸る青い髪の侍。

「オ、俺の腕では、駄目なのか」

「駄目ですね」

「両方でも良い、足もくれてやれる、だから……」

「駄目ですね」

 歯を軋ませ、下がる目尻。

 鬼のような強面は跡形も無く崩れ、懇願するも、断られる。

 もはやこうなると答えも手段も彼には思い浮かばず、感情が沸騰する。

「――ぐ!!!」

 瞬時に鬼の面が戻り、刀を構えて立ち上がる。

「駄目だよ」

「!!!! ぁっ、や、やめ……」

 写真の上を両手の指で摘み、構えられる。

 端整な鬼は再びその表情を崩し、脱力して地に手を着いた。

「彼の“腕を一本”、ください」

「……ぬ、あぅぁぁぉ――」

 正義が重い。捨て去りたい。

 だが、捨てられるわけがない。やっと手に入れた己の正義。捨てられない。

 何もかもが引き裂けそうな地獄の心境。 ――ああ、シニタイ。

 

 息を荒げ、汗を垂らして絶句する侍を見下ろして。

 風邪用マスクの男は彼に“わけ”を話し始めた。

「大事でしょ、“絆”って。あなたにもあるでしょ、絆」

「――――」

「私ね、失ったんだよ、絆。親友だった」

「――――」

「私達が何か悪いことをしたのか、何か裁かれることをしたのか、と言えば――――それはもう、数え切れないくらい、裁ききれないほどしたのではないかな?」

「――――」

「でもね、どんな人にもね、どんな場所でもね。“絆”はその人達にとっては大切なんだよ」

「――――」

「私達にも、あなたにも、全然知らない人たちにも。皆、本人達にとっては“絆”は大切なんだよ。他の人から見ればちっぽけだったり、薄汚く思えてもね」

「…………」

「――彼はね、一番の“親友”だった。それに私は彼らが好きだった」

「…………」

「でもね、もうね。彼らとお昼を食べたり、一緒に話をしたり、笑い合うことはできないんだよ。どんなに些細なことも、簡単なこともね」

「…………」

「だから、“悲しい”んだ。このままでは、終われないんだよ。解るでしょ?」

「…………」

「私が今の君の心境を感じるように、君にも、僕の感情、思い、伝わるでしょ!??」

「…………」

「私がこうしている理由、伝わるでしょ!!!!」

 声を荒げ、疲労で肩が下がる男。

 青龍はすでに立ち上がり、彼に背を向けている。

「…………“腕一本”。それで、君は納得できるんだな」

「もとより無茶な話だからね。それで“終わり”とするよ」

「――しかと、聞いたぞ」

 立ち尽くすその背の震えは、どの感情のものか。

「場所くらいは用意するよ。ほら、これの場所。私らの2番目の家だった場所」

 ヒラリと落とされた紙を拾い、袖に仕舞う。

「いいね、“腕一本”。いいね」

 本当に望むからこそ、念を押す、風邪用マスクを外した男。

 その顔、何かが足りない――。

「――――――賜った」

 青龍は背姿に答えて、エレベーターへと進んだ。

 風邪用マスクを外した男はその姿を見送る。

 

 

充分な空間に置かれた黒いソファに座る男性。

彼の名は“バーデン=ヴァーデン”。

 

その顔の中央。

彼の顔に足りないのは―――――――

 

 

$四聖獣$

 

 

 

 

 

 

 

「あのな、電話はいいが、タイミングってやつを考えろ。今日で2回目だぞ、寸止め」

 

「――銃の装備も、ナイフの準備も、怠るな」

 

 

 

あ!? 何、もう次の奴が向かって来てんの? しかし、テメェの情報じゃぁな〜」

 

「――いいや、お前が来い。場所を伝える」

 

 

 

「?? おうぅ? 何だよ、来いって。一緒にショッピングでもしたいってか?」

 

「――ふっ、ホント。お前はバカ者だよな。……いいか、伝えるぞ。場所は―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Act7

 

 工業地帯の一角。昼時を過ぎた休日のここは実に静かである。普段の混雑した音の群れが嘘のようだ。

 3階建ての倉庫。その2階で待つ相棒。

 「素直に助けを求めるなんて、珍しいじゃねぇか」などと思ったが、現状で狙われるのは自分のはず。ならば、奴なりに情報を掴んだ末、カレンから自分を引き離すなんて洒落た気遣いでもしやがったのか、などとも思う。

 

 倉庫の2階。

 階段を上ると、広々とした空の倉庫がある。

 蜘蛛の巣が張ったダンボールが端に取り残されているが、それ以外には物が無い。

 

 

ただ、殺風景で彩色が少ない景色にが目立つのみ。

 

 

 相変わらず口数の少ないその若者は、目を閉じて、倉庫の只中に座している。

「おう、待ったか? バカヤロウ」

 軽い口調の後に口からニコチンの煙を吐き出す、テンガロンハットを被った青年。

 青い若者は座したまま、依然として黙している。

「? なんだよ、何か言えって」

「――――」

「畏まってんじゃねぇぞ? なんだ、告白でもするのか。“お・こ・と・わ・り”だネ」

 ようやく目を開く。

「…………」

 静々と、立ち上がるその姿。

 侍は大きく息を吸い込み、吐き出す。

「――あん?」

 懐かしい感覚がテンガロンハットの脳裏に瞬間、投影される。

 

 その強面は真剣に、直線的に威圧する。

 睨んでいるのではない。対象を見据え、定めている。

 

 久方ぶり。それも、まるで出会いの瞬間に戻ったかのように本気。

 テンガロンハットはさすがにコートの裏に手を入れ、グリップを掴んだ。

 

「…………」

 侍もまた、柄に手を置き、“信念”を半分ほど晒す。

 

 どうにも現状が把握しきれないが、つまり、そういうことなのだろう。

 まずいのは左腕がコレにおいては使えないこと。反動に耐えられない。

 

 

 

侍は――青龍は手にした刃を振り抜き、構えをとった。

「スザ。腕を一本、斬らせてもらう――」

 

 

銃士は――朱雀は考えつつ、青い大型拳銃を取り出した。

「――いきなりふざけんな、アホタレ!」

 

 

 

「っ御免!!!」

 

 

 宣告と共に地を駆ける青い残像。

 その驚異を理解しているだけに、冷や汗が早くも頬を伝う。

 

「ふざけんなっつんだよ!!」

 計算結果は出ていないが、とにかく弾丸を撃ち出す。

 最速に3つ。弾丸が青い鷲の嘴から飛び立った。

 

 1つ目は左に握られている鞘に弾かれ、

2つ目は右で振るわれた刃に逸らされた。

 3つ目は、青い横髪を掠めて虚空に消える。

 

 迫る侍の速度は尋常ではない。

 傍らで見ていた“護る”姿ではなく、狩られる側から見る“斬る”姿。

 跳躍も何も、飛べば飛んだだけ跳ぶだろうし、走ればそれ以上の速度で斬られる。

 結論として、“横に逸れながら撃つ”。

 

 放たれる弾丸2つ。

 肩と脇腹を狙ったその2つは――――更に加速しつつ、潜られた。

 

(――っかじゃねぇのっ!!?)

 有りえない人間の動きに、声にならない叫びが上がる。

 

 だが、加速した青い影は瞬時、速度を落とす。

 原因は鎖骨付近に刺さった1本のナイフ。

 

 銃は撃てずとも、ナイフの1本くらい投げられる――と、弾丸数を1つ犠牲にしてまで放ったのだが、力が足りなかった。

 青い影は瞬時の瞬時、再び加速して半身を見せて振りかぶる。

 

冷や汗もの、どころではなく、血の気が一気に無くなった。

 

 屈んだ頭上を越えた銀色の軌跡。

 ほぼ同時に、跳んだ足元を掠める黒い残像。

 

 片足が地に着いた時、体を回転させた青色の一振りが縦に迫る。

 身を横に、平らにして寸を掠めさせる。右に持つ銃口は鬼の面を定めている。

 

“ 銃声 ”

と同時に放たれた弾丸。それは侍の斜め頭上を飛んで失せた。

 

同じ時、赤黒いロングコートにめり込むやたらと重量感のある鞘。

口が開き、音無き声が出る。

 

 鞘を宙に手放し、両手に刀を持ち変え、薙ぎ切る。

 

 ボディーブローと言うには位置が高い。それは既に折れている肋骨に突き刺さった。

 次いで頭部に振り下ろされるグリップの衝撃。

 

 衝撃を受けた侍の意識は眩むが、刹那の時、目の前に浮ぶ黒い鞘は銃士の視界を塞いだ。

 

“ ザンッ……! ”

 

切断の音が響く時。それは身体とコートの切れ口から血が噴出す寸前。

 

 逆手の刃は過ぎ、表情を曇らせる銃士に、宙で掴まれた鞘の一撃が振り下ろされる。

 

侍の腹を地にして、背後に跳ぶ。

2人は弾かれるように、対照的な方向に倒れた。

 

 

 

「――――っつぁぁぁあ

……くぁ」

 同時に起き上がる。

 青龍は割れて血が流れる頭を押さえ、朱雀は裂けた脇腹を押さえた。

「ふざけんなっ! クソがぁっ!!!」

 声を荒げる朱雀。一言発するたびに痛む――が、裂けたとは言え避けもした一撃。傷は比較的浅い。

「…………ぐぉ」

「てめぇ、おい、このクソアホ! 何考えてんだ、ああ゛!!!?」

 銃口を向けて叫ぶ。意味が解からない上に、キツイ。

「おまえよぉ、何か吹き込まれたか!? おい! 青龍ちゃんよぉ!!」

 血相を激しくして怒鳴りつける朱雀。脇腹が痛い、腹が立つ。

「――吹き込まれてなど、いない」

「じゃ、なんなんだよこのバカみてぇな状況は!!? ――ってぇな、畜生!」

 言葉と共に噴き出す血液が倉庫の床を濡らす。

 垂れた血液を見て、一層頭に血が上る。血管が沸騰しそうだ。

「吹き込まれたんじゃないってんなら、何だってんだ!? 正気じゃないってか!?」

「――――俺は正気だ。キサマ、昨日言ってくれたがな。俺は“護るべきもの”を判断できる! 俺は、俺のこの一振りは……それを背負い、守るために輝くっ――!!!」

 青龍は手に付いた血を振り飛ばして、怒り心頭に咆哮した。

Hey! 待てよ。待てよ待てよ待てよ!! 何だって? アン? てめぇが守ってんのはいつもほざいてる甘くせぇ“正義”とかいうバカ理念じゃねぇのかよ!!!」

「……ぁぁ」

「おい......これがお前の“正義”ってやつかっっっ!!??」

断じて違う!!!!!

「!!?? ・・・・・・っっっっっっっっざけんなぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!

 矛盾にも程がある答えに。怒りも痛みも忘れて、朱雀はただ素直に叫んだ。

「正義は、護る。護るが、それ以上に、俺の最優先がある」

「?? あったのか―――いや、んなわけねぇだろ! 正義馬鹿が正義を優先しないで、何が残るってんだ!??」

「それは…………ん?」

「――んぁ?」

 朱雀は叫びつかれて腰を曲げた。

 青龍は“当然のこと”に迷い、“確実なこと”に疑問を感じている。

「いや――そうだ。俺は、俺は護る!」

「……だから、何を?」

「――俺の……俺の、大切なッ物!!!」

「だから、何!!!?

 

 

「俺の写真に決まっているだろう!!!!!!!」

 

 

「・・・・・・・・・。」

 はっきりと、疑いなく耳にした。

 ここで朱雀ならば何か思うべきことがあるのだが、それよりも何よりも……。

 『怒る』というものではない。『呆れ』とも違う。

 そう、言葉で表すならば、『心の底から思いっきりぶん殴りたい』という所か。

 野生ではなく、人としてもっとも原始的な感情発散の衝動。それのみ。

「――ちょっとそこにいろ。一発素手で顔面ブッ飛ばさないと治まりそうにねぇわ」

 首を傾げて、痛むはずの左腕の軋みも忘れて、指を鳴らす。

 唇が震え、瞬きも忘れて直視する。

 駆け寄って一撃かまそうかと拳銃を仕舞いそうになって――ハッ、と気が付く。

「……“写真”、だと? テメェの?」

 ようやく戻る、朱雀のカン。

「そうだ。例え、キサマからはどうでもよくとも、俺にとっては大切な物。人それぞれ、“大切”は違う!!」

「ああ、はいはい。それは良いけど……ハぁ〜ん。な、る、ほ、ど・ね! ふぅ〜ん」

「だから、斬るっ! キサマの、腕をっ、一本!!!」

 再び地に着く足に力を込める青龍。だが、朱雀は拳銃を右手で回し、左手を口に当てながらソレ以外のことを考えていた。

「なぁ、おい」

「――スザ、すまんが……止めるわけにはいかぬ」

「ん。いや、やめなくて良い。論点はそこじゃない」

「?」

 青龍は斜に刃を構えたまま、疑問符を浮かべた。

「俺が不満なのはそこじゃない。経緯は何か気が付いたらって感じだが――とにかく、こうしてよ、俺たちは対峙しているわけだ。それも本気で、真剣に」

「――ああ」

「……なぁ、龍よ。俺たちが本気で互いの得物突き付け合ってんだぜ? それって、軽いことか?」

「――? 軽くは、無い」

「だろ。すこぶる“重い”事態だ。なら、その結果としてよ、“腕一本”ってのは軽すぎネェか?」

「!」

「――なぁ、俺はそう思うぜ?」

「スザ、お前……」

 

 二人の狭間。虚空を風が吹き抜ける―――。

 

「俺は、腕ごときで済ませる気は無いよ」

「――――」

「ここからはな、龍。殺り合いだゼ?

 さっきまでみてぇに“避けてくれるだろ”、なんて考えながら致命傷になりえる一発をかますんじゃない。“避けるんじゃねぇ、クソ野郎”って思いを詰め込んでかますんだ」

「…………」

「なぁ――――今更びびってんじゃねぇだろうな……青山 龍進っ!!!!

 

 叫び、同時に駆けるロングコート。飛び、舞う帽子など気にもせずに。

 銃弾を避ける時間を減らす。リーチの有利は2丁無い自分では、この侍相手には皆無と同意。

 ならば、詰めるしかない。どちらも、まともな箇所に入れば終わり………。

 

 

―― 目を閉じ、真の瞳を開く ――

「さらばだ――アルフレッド=イーグル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い残影

 

 

跳ね上げられる、ロングコートの右腕

 

宙に弾かれ、回る青いデザートイーグル

 

 

 

目を見開き、口の端を上げる

 

迫る銀の刃

 

 

――最後は、憎たらしく笑みを見せ付けて……

 

 

 

『 あいつを、頼んだぜ 』

 

 

 

 

 

 

 

 

“ 落ちた金属の音 ”

 

   彼の背後に、その象徴が“パサッ”と着地する。

  彼の足元に、その精神が“ガシャ”と落下した。

 

 

 俯く侍の横。寸でに手放した信念が輝きを失っている。

「……おい、斬らねぇのかよ」

「――」

「はぁ、まただんまりか。困るとそれな、お前」

 青龍は朱雀の悪口も聞こえず、抜け殻のように突っ立っている。

「スザ――」

「なんだよ」

「撃て。もう1丁の方で、俺を――――」

 できなかった。天秤にかけ、大切な物を取ったのに。青龍には、やはりできなかった。

「――んまぁ、そのつもりだったさ」

「ぬ。なんだよ、手玉に取ったみたいに……」

「スねんなって、俺も死にたかねぇからよ」

「……すまないな」

「――目、瞑ってろ。てめぇの強烈な視線があるとやりずれぇ」

 言われたとおり、目を瞑る青龍。覚悟は、できている。

 

侍の背後に立つ朱雀。

「ゆっくり眠ってろよ、このアホ」

 

 

 

 朱雀の最後の悪態に、名残惜しくも笑みを浮かべて。青ry――/

 

 ゴンッ 

/――ふぁぬん!?」

 

 気の抜ける声を残して、その場に倒れる青龍。

 振りの少ない一撃だが、それは瞬時に青い侍の意識を刈り取った―――――。

 

$四聖獣$

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                         

 

Act8

 

 すっかりと、天は夜闇に変化した。

 銀色の双角から眺めるアッパーロードの町並みには、無数に点く明かりの数々。

 ある方角、夜空を照らしていたオレンジと、巻き上がっていたグレーは沈静した。

――十分な空間の中央。

 

 一点だけ灯された電球が、黒いソファにガラスのテーブル、木製の本棚を照らす。

――スポットライトに当てられて。

 

 マスクを外した彼はソファに腰かけ、宝物の手入れをしている。

――部屋に流れる。ハスキーボイスの、Jazz

 

「 随分と古いカメラだな―― 」

 

 湾曲した窓の内側に立つ。それは、ツバの広いテンガロンハットが特徴的なシルエット。

「そうでしょ? 買おうとしても買えないほど貴重な品でね」

 風邪用マスクを外した男は背後のシルエットに答えた。

「写真に興味が?」

「いや、まったく無い」

 シルエットの釣れない反応に、がっかりと肩を落とす。

「あ〜、いい夜景だ。あいつと見たいな」

「……ねぇ、どうしてここが?」

 専用の白用紙の枚数を数え、揃えながら尋ねる。

「カードの印刷、どっかの誰かに依頼したろ? そいつが清々しく吐いた」

 シルエットは、遥か眼下を虫のように行き交う車を眺めつつ、返す。

「あらら。さすがにそこまで信頼できる人は用意していませんでしたよ。よく解ったね」

 シルエットは特に興味なさそうに鼻で笑うと、本棚にある3冊のアルバムに視線を移した。

「他のもボロボロと名前やら人相やら……競うようにペラペラと溢しているよ」

「しかたないよ。“絆”があっても、薄いもの」

「ふ〜ん」

「教わったはずなのにね、学校とか家で。でも、忘れてしまってはしかたないよね」

 「あ〜、そうね〜」などとテキトウに答えながら、アルバムを捲る。

 

ページは並ぶ、人の写真、人の写真、人の写真、人の・・・・・・

 

「見ても解からないでしょ?」

「意味は解るがな。趣味は解らんし解りたくネェ」

「――それ、“絆”のアルバムなんですよ」

 マスクを外した男は、カメラの蓋を閉じて、寂しげに呟いた。

「渡す写真と渡さない写真の違いは何よ。見た目……じゃないだろ?」

 アルバムをぱらぱらと早送りして、背後の男に問う。

「“一番大事な物”だからね。私にとっても、相手の人にとっても。きちんと見極めて、信用に足るかどうかを知らないとね。 たまに見た目もあるけどさ」

「俺はお前が信用できないんだけど」

「ははっ、まぁ、聞いてよ。彼らはね、絆を大切にする人と、しない人がいる。まず、これが大事。次にね、“良い人”と“悪い人”がいるんだよ」

「――それを言われても、俺とお前では意味が違っちまうんだが」

「そうだね。そう、僕にとっての良い人は“ちゃんと恩を感じる人”。大事な物をもらったんだ、っていうことを、きちんと理解してくれる人が良い人だと思うんだ」

「恩――か。ふッ、だからあの七三は写真持ってなかったのか?」

「ああ、彼は――特別。そもそも写真を撮らせてもらえなかった」

 「そりゃそうだ」とどちらにも深く納得しすぎて、思わず吹き出す朱雀。

 

 悠々と振り返る。

 

 そこには、ライトに照らされた男がソファに座っている。

 しかし――その顔、何かが――。

 

 

 

「ねぇ、この顔を見てさ、一体、何が“足りない”と思――――――/

/ だろ 」

 

 

・・・・・・戸惑いも、配慮も無い。

 朱雀は風邪用マスクを外した男――バーデン=ヴァーデン――――“鼻が無い男”に即答した。

「ワオ!」

 初めて嫌味も戸惑いもなく、あっさりと指摘されたその欠けた物。バーデンは不思議な嬉しさと恥ずかしさに、思わず声を上げた。

「そう、そうなんだ! 僕には、“鼻が無い”! 何故かって? 切り取られたのさ! しかもトイレで! それが大便みたいに流される所もきちんと見たよ!!」

 高揚した気分で話し始めるバーデン。

「兄はね、私の兄は、聡明だった。しかも、僕を愛してくれた! 僕が鼻を失って、更に人と関わりが無くなっても、兄だけは、僕を“賢い奴だ”と撫でてくれた!!!」

 嬉しくなって、カメラに頬を擦り付けて天を見上げる。キスだってしちゃう。

「でもね、でもね! 聞いて! 兄はね、無茶な人だったんだ!」

「へ〜」

「いつものようにゲームをね、車の隙間をビュンビュンって通っていたら……ほんとに僅か、数センチのミスなんだけど……それがね、トラックでね――」

「ほほ〜」

「ねぇ、ねぇ! どうなってしまったと思うよ!?」

「ん〜? どうだろうな〜」

「ねぇ! 聞いてる!? 酷いんだ、兄ね、足とね、腕ね! 腕は右だけ、足は両方とも!! ね! 失ったんだよ、その日、その瞬間に!!!」

 「ほぉぉ〜」っと腰を伸ばして首を鳴らす。

 朱雀は欠伸をしながらロングコートの裏から黒い鷲を取り出した。

「“絆”、一杯だったんだよ! 兄の周りにはね、たくさん人がいた! でもね、皆“絆”を忘れちゃったんだ。本当に、その日にきっちりと!!」

 まぁ、一応着けておこう、と。筒を回して装着する。

「残った人もいるんだよ!? へへっ、でも、そいつら……なんでのこったか、わかります? へへへっ、あいつらな、あいつら、兄の元を時々訪れては散々に暴言をブチかまして、帰っていくんですよ!!」

 “カシャン”とカートリッジ装填、完了。

「兄のCDを割って見せてね、“ゴミクズ”扱いだよ。ははっは!」

「――かわいそうになぁ」

 特に何ということもない表情で言葉を垂れ流す、朱雀。

「……チガウヨ、可愛そうなのは、違う。だって、兄は聡明だったからね。いつかはそうなることも予期していたし、その状況も受け入れていた。兄は何のリスクも考えずに自由だったわけじゃない。リスクを負っていることを理解していたから、自由だったんだよ。だから、可哀想は違うね」

「そりゃぁ賢いなぁ」

「そうさ。兄は、兄は賢い。でも、私は賢くなかった。ある日ね、兄を庇って奴らに叫んだんだ。そうしたら奴ら、狙い通り僕をコケ降ろしたさ。鼻が無いこともそうだけど、他にも僕は欠けた物ばかりだからね。私は“やった!”と思ったよ。兄も、“賢い奴だ”って、褒めてくれた―――」

「――そうか、よかったじゃねぇか」

「うん。その時はね。でも、僕はやっぱり賢く無かったんだよ。兄はね、自分がどれほどゴミみたいに言われても、受け止めていた。でもね、でもね……私が、僕が――バーディが馬鹿にされたことには……我慢が、効かなかったんだ――」

 

 

バーデンは、カメラを見つめて、言葉を止めた。

朱雀は、軋む左手で耳をほじりながら、銃口を定めた。

 

 

「…………写真を撮っても……良いかい? 記念にしたいんだ」

 

「駄目だ」

 

「一枚だけでも?」

 

「駄目」

 

断られはしたが、微笑むバーデン。

 

「……一応、伝えておこう」

 

「何をだい?」

 

「お前が“何で撃たれるか”、さ」

 

「君を怒らせたからでしょ?」

 

「ん〜、それは違う人」

 

「じゃ、なんだい?」

 

「……お前な、ウチの青龍に暗殺依頼する料金、幾らだと思ってんの?」

 

「・・・ああ、そう言えば彼に報酬をあげていないね。渡そうか?」

 

「いいよ、ミスってるし、どうせ破いて捨てるし」

 

「そう――そうか……」

 

 

「 「 ――――・・・ 」 」

 

 

 

 

 

 

 

・・・沈黙の後、バーデンは最後に1つ、質問した。

 

「ねぇ、私は、僕達は―――何がしたかったの、かな―――?」

 

 

「アン? 俺が知るかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ 押し殺した、銃声 ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

$四聖獣$

                                         

Act10

 

 最近本が増えてきた部屋。

 本棚に収まっていない2、3冊がベッドに放られている。

 

 シャツ一枚にジャージ姿。床に座り込み、缶コーヒーを飲む赤茶髪の男。

『とりあえず、総括すると私はこれから暫く眠れないってことね! ウハハハハハハっハ! ・・・……うぇぇぇぇん

 疲労で若干様子がおかしい通話相手は、目の下のクマを触り、涙を拭った。

「慰めましょうか?」

『ヤメテ! これ以上腹が立つと噴火しそうだから』

 「もうしてるじゃん」と声なき声で突っ込みつつ、“朱雀”は煙草を取り出した。

「それで、そいつはどうなるんです?」

『さぁねぇ……折角のサンプルだし、とりあえず検査と実験ね』

 通話越しに“ネフィス・ロイ”は足を組み替えた。

「そっすか。まあ、俺にはどーでもイイことっすけど」

 煙を吐き上げる。上る煙が天井に触れて、流れた。

『――実験とか言ってたら、きっと彼なら怒るわね』

「……ヘタすりゃ助けに行くんじゃないスかね」

 視線を変えてのん気に答える。

『あの子はもっと妥協できればいいんだけど、ね?』

「無理っすよ。雨ん中犬拾ってきて風邪引いてるようなアホですよ?」

『あら、そこは褒めるところじゃない? 私、褒めたし』

「ガキじゃねぇっつの。あんたも甘やかさないでくださいよ」

 溜息と共に煙を送り出す。いろいろ思い出すほど呆れるのみ。

『“あなたも”ガキだけど悪い子だからね、褒めてあげないもぉ〜ん!』

 愉しげなロイの声。通話先で彼女は機嫌が良さそうに微笑んだ。

「――ウザい」

んまっ!!

 可愛気のない返事。「これだからコイツは!」とロイは顔を顰めた。

『・・・とにかく、“終わった”からね。あなたはゆっくりしていなさい』

「もうしてるよ。フィ〜っ」

 細く煙を吐き出して、コーヒーの缶に当てる。通話越しにも煙草臭い気がするその態度。

 ロイは『少しは彼を見習え!』と言い、続けて説教をしようとしていたらしいが、朱雀は良い反応で通話を切り、それを閉じた。

 一つ煙を吐き、短くなった煙草を灰皿に押し付ける。

「へっ、“もっと妥協しろ”ってか――」

 嘲笑い、嫌味に言う。

「おい、できるか? 優柔不断の正義マンよ」

 大きく仰け反り、首を反らす。

 上下反転した光景の中、水玉模様のパジャマを着た男はベッドで胡坐をかいている。

 “青龍”は手にしていた本を本棚に戻した。後頭部を壁に着け、黄ばんだ天井を見上げる――。

「できないでゴザル」

 朱雀は「だろ?」とニヤケて、再び笑った。

 愉しげなそのアホを一瞥した後、青龍は目を閉じた。

「ところで、スザ」

「なんだい、龍ちゃん」

「“あいつを頼むぞ”って、誰のことかな? 任されたので把握しておきたいのだが……」

「・・・・」

「教える必要がないのか。つまり“死ねない”ってのも自分で護りたいからか」

「・・・ヘイ!」

「そうか、う〜む。でも気になるな――そうだ、“ナユ”にでも聞いてみようっ・かな?」

「おい!!」

 朱雀の怒鳴りも意に介さず立ち上がり、部屋の扉を開ける青龍。

「オイ! マジで待てって! ざけんな!!」

「いやぁ、ちょっと聞くだけだから。……ついでに、お前のリングランドでの“充実した営み”も報告しないとな。ほら、ナユは俺達のリーダーだし」

「ふざっ!――てめ、待ってくれよ・・・・・おい、マジだって! 殺すぞコラ!!」

 「それでは、御免なすって!」と言い残し、階段を駆け下りる青龍。

 朱雀は立ち上がり、倒した缶コーヒーも気にせずそれを追う。

 

 

――誰もいなくなった部屋。

 

 やがて1階から「マジふざけんなし!」「おい、落ち着け!」のやり取りが響いてくる。

 

 地下では案の定、土産の取り合いが発生し、ゲンコツをかましたガサツな黒髪を、新しいTシャツを着た少女が叱っている。

 

 その背後では、泣かされた長い金髪を慰める白い紳士の音声――。

 

 

 

 

 入り乱れる声が微かに聞こえる、隠し事が多い部屋。

 

 半分程開いているクローゼット。

 

 

 クローゼットの中には、多数のナイフが飾るように仕舞われ、

 青と黒の大型拳銃が背を向け合うように、丁寧に安置されている――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Block5−EN

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

LAST GATHERING

END

 

 

 

 

                                         

                                         

 

                                         

 

 

                                         

 

 

 

                                         

 

 

                                         

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

Main  Characters

 

 

Principal→ テンガロンハットの男:アルフレッド=イーグル(朱雀)

 

 

Chief→ 双角の男:ディアブロ

 

Boss→ 風邪用マスクの男:バーデン=ヴァーデン=クロイツ

 

 

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

Others  Characters

 

メガネヒロイン:カレン=ミリタナ

 

優柔不断:青山 龍進(青龍)

 

ポップコーンが好き:アーティ=フロイス(玄武)

 

ガーデニングが夢:マイク

 

しょっちゅう電話をしていたで賞:ネフィス・ロイ

 

//

 

試験管割った人:ヴァイオレット=ステルピノ

 

不細工なマスクの人:マリーポ=パルキア

 

ミニカーをくれた人:ディーロ=ワイ

 

歯が痛い人:Forest+森人

                                         

 

 

 

                                         

 

 

                                         

 

                                         

                                         

 

 

 

 

 

 

 

 Story By

 奇転の会 

 

 

 

 

 Title From

 四聖獣 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

< 奇転の会 >

THE NoT END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                         

 

 

 

                                         

 

 

                                         

 

 

 

                                         

 

                                         

 

 

 

                                         

                                         

 

 

 

                                         

 

                                         

 

 

 

 

 

                                         

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Act9

 

 ある施設。その中でも特別な隔離部屋。そこに、椅子に座ったまま両手両足を固定されている男がいる。口にも枷が装着され、“話せない”ようにされたその男。

んんんぅぅぅぅぅっっ!!

 施設の一室。隔離されたその部屋で苦しむ。

「どうした、おい、大丈夫か!」

 異常な血色と声に驚き、監視者が部屋に飛び込んだ。

「んんんんごぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 今にも死んでしまいそうな程苦しむその男。症状も見ただけでは解からない。

 監視者はとにかくその男の口枷を外してやることにした。

ぷはぁっぁぁあぁぁ……ぐぅぅ」

 男は尚も苦しげで、呻くことを止めない。

「どうした、どこが苦しいんだ!?? すぐに医療班を呼ぶから、耐えろ! なっ!」

 監視者は無線で連絡を取りつつ、男を励ます。

「は、腹がぁぁぁぁ、腹がぁぁぁぁ」

「腹!? どの辺だ、まさか盲腸!!?」

「か、看守さぁぁぁぁん、腹がァァァ」

「解った、耐えろ! もうすぐ医者が診てくれる!」

「看守さぁぁぁぁん―――僕、僕......“嘘つきが嫌い”なんですよぉ……」

「ん? いや、嘘じゃないぞ! すぐに医者は来るから、頑張れ!」

「かんしゅさぁぁん……あのぅ、そのぅ」

「なんだ、他にも痛むのか!?」

「ええと、その。あなた……――“奥さんは好き”ですかァ?」

「・・・何をこんな時に……大好きに決まっているだぉ――――ぁあっが!??

 苦しみ、倒れ、もがく監視者。やがて、その人は動かなくなった。

 薬指の安い輪が虚しく輝いている。

「――へっへ、! ウヒア!!」

 苦しむことを止め、声を詰まらせながら笑う男。その髪型は七三分けに赤いメッシュ、左側は刈り上げと中々奇抜。見ようによっては格好が良いのだろうか。

 依然として逃亡の目処があるわけでもなく、体は固定されている。すぐに医師も来るし、この状況なら他も来るだろう。だが、“口は自由”である。

 何人イケルかな? どんな人が来るのかな? ワクワクと、期待感が止まらない。

 

「次は、どんな嘘を作ろうか――?」

 

 七三の男が愉快そうに身体を揺らして鼻歌を歌っていると、人の影が見えた。

 来た、人キタ! これで作れる! どんな人かな、どんな嘘をつくのかな??

 そんな想像を膨らませていると、その影は靴底を鳴らして彼に近づいてきた。

 

数日ぶりだが、何故か1日中対峙していたような感覚。

 

 親近感とか敵意とか感謝とか友情とか恨みとか感動とか愉悦とか愛情とか信頼とか。

 そんな幾つも混ざった感情が、七三の男の表情を無意識に異常なまでの笑顔にしていた。

 

「やぁ、来たのか。事前にお友達からアポはもらっているからね、君はマナーが良い」

 

 取り出す、黒色のデザートイーグル。50口径の大型拳銃である。

 

「君には、くひっ! もう言ってあるから、言う必要はない、ね――プフッ♪」

 

 サイレンサーは――いらないか。

 

「そうだ、聞きたいことがあるんだった。あのさ、あ――ぶっっほ! ウフッっふ……っ!」

 

 銃口をそいつの頭部に定めて、距離は1m。これを外すテクニックはまだ知らない。

 

「いや、はっはは――悪いね、どうしても――ぐふっ・・・アアっッぷ!! どぅ、ふっ!

 

 視線もそれに合わせるが、本当にどうでも良い。弾ける瞬間を見られればそれで良し。

 

「あ、あのさ……いや、その前に君らにもう一回言っとこう。僕はね、“嘘つきが嫌い”だ」

「―――――」

 

「どうしても気になって。あのさ……私の、私達の行いは“くだらな―――/

 

ByeBye

 

 

 

―― ウンッ” ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇転の会―― THE  END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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