冷めた空洞

 

 

 

Act0

 

 今より24年前。1頭の複雑な色合いをしたドラゴンがこの世で知性を得た。

 知性を持ったドラゴンは「創生の竜」と称され、ドラゴンはその名のままに数多の怪物を創造した。

 少年の落書き帳から始まった創生の竜は、数多の作品を引き連れて夢の国を目指す。だが、人々の利害と相容れなかった彼らは人との戦いを避けられなかった……。

 

 

Act1

 

 暗い洞窟。湿った岩肌を撫でながらそれを伝い歩く2人。

 青い髪の侍、その名は青龍。

 黒い髪の拳闘家、その名は白虎。

 

 2人は青龍のヘルメットに光るヘッドライトを頼りに洞窟を歩いていく。

 頭上にぶら下がるコウモリを威嚇している白虎を「逸れるなよ」となだめる青龍。

 彼がなだめた時には既に遅く、予想以上に多くぶら下がっていたコウモリの群れは我先にと白虎にまとわり付いていた。

 

 

 コウモリとの激闘から5分程経った頃。青龍のヘッドライトはその意味を失くしていた。

 光々と2人を照らすオレンジ色。

 洞窟の中にポッカリと開けた空洞。その中央に佇む燃え盛るモンスター。

 丸太のように太く、岩石のようにゴツゴツとした両腕。関節が逆な足のふくらはぎは大きく腫れ上がっている。トサカと両腕には轟々と盛る火炎。

 

 付近の住人から“イスータン(焼き尽くす猿人)”と呼ばれるその化け物は、テリトリーに侵入してきた不法者を睨み付けている。

 唸る獣を見て、手にした鞘から刃を引き抜く青龍。水が伝うかのように輝く業の一振りは、洞窟の主の怒りを受けて赤と黄に交互に煌めいた。

「……すまないな。君が言葉を知りえぬ以上、コレで語ることしかできん」

 意思の交換ができない怪物。だからこそ、倒さねばならない怪物。

 青龍はこれから斬る生命に対して、誠意と覚悟をあらわし――――

 

         「おぉっしゃぁぁぁぁああああっ!!!

 

 洞窟の岩を蹴り上げ、イスータンに猛然と飛び掛る白虎。イスータンは両手を地面に付き立て、関節が逆向きである後ろ足を深く曲げた。

 青龍は眉を下げて、口をへの字にして2匹の姿を見つめている。

「喰らえやぁぁぁっ!!!」

 突進と共に突き立てられた右の正拳。イスータンはそれを太い両腕でせき止めた。

 鳴り響く豪快な激突音。

 

 焼け付く拳を再び振り上げ、もう一度叩き込む。

 拳の衝撃によって、地面をつま先で削りながらイスータンは後退した。が、それはつまり彼の後ろ足に更なる力を溜めることになる。

 関節を伸ばし、躍動する巨体。

 振り上げられた2本の大木の幹にも似た腕が振り下ろされた。

 

 受け止めた両腕が軋み、膝が悲鳴を上げ、踵は土面にめり込む。

 熱気で黒い髪先を焦がしながら、白虎はとてつもない衝撃に笑顔を浮かべた。

「あっつぁぁああっっっ!!!」

 全身の毛を逆立たせんばかりに力を込めて、巨体の両腕を押し返し、がら空きとなった怪物の腹に頭から突っ込む白虎。

 インパクトを受けて、イスータンの全身から火の粉が弾け飛ぶ。

 灼熱の怪物は苦悶の表情の後、雄叫びを洞窟に轟かせた。

 

 間合いの内側で拳を振りかぶる小柄な猛獣に頭突きを返す怪物。

 白虎は頭を抑え、一瞬、動きを止めた――。

 

 半歩退いて距離に空間を作り、折りたたんだ腕を上半身ごと回転させて、強烈に突き上げる。クリーンヒットした鉄球並みに重い拳は、小柄な闘士を勢いよく洞窟の岩壁へと叩きつけた。

 

 燃え上がるトサカを靡かせて佇むイスータン。

 視線の先で、砕けた岩石の欠片を払いながら立ち上がる白虎。

 

 白虎は口を開いて、「にぃっ」と笑った。

 怪物にその感情があるのであろうか。とにかく、立ち上がった小柄な猛獣からイスータンは目を離さず、それに向けて咆哮のメッセージを送っていることは確かである。

 

 

Act0

 

 戦いの果て。「創生の竜」は青銀に輝く甲冑に身を包んだ者に斬られ、その命を落とす。

 創る者がいなくなり、同時にそれを統率する者もいなくなった「創生竜の集団」は次第に駆逐されて、その数を減らしてゆく。

 あるものは山に、あるものは海に。

 「創生竜の集団」の生き残りは今もひっそりと存在しており、人々は今もそれを怖れ続けている……。

 

 

Act1

 

 5年間。人々に見つかっては襲われ、人々に反撃し、人々を怖れて暮らしてきた怪物。

 ある時は複数の銃火器を持った人間が。ある時は森に張り巡らされた危険な罠が。

 果物や魚などの食料を採りに洞窟を出るたびに、怪物に多種多様な恐怖が降りかかった。

 

 今、怪物の視界に映る小柄な闘士。

 それの繰り出す連続した蹴りが怪物の顔面を3度捉えた。

 

 

 青龍は刃を鞘に収め、決闘を静かに見守っている。最初こそ、刀を振るって斬り倒そうとした。しかし、割り込めるわけが無い。

 

 決着は間もなくつくであろう――。

 

 言葉で礼儀を示した青龍は、一見何の配慮も無く飛び掛った白虎にこそ礼儀があったのでは、と、己の考えの甘さを思い直していた。

 

 

 蹴りこまれた3つの衝撃は、怪物の屈強な首をもってしても受けきれない。

 意識も虚ろなイスータンの前で深く息を吐き出す小柄な猛獣。

 目の前で引き溜められた拳の迫力をイスータンは理解した。

 

 ――――猛々しく、仰け反るほどの雄叫び。

 怪物は最後の力を振り絞って、灼熱の火の粉を飛散させる。

 

 降りかかる火の粉が拳圧で消失してゆく。

 振りぬかれた白虎渾身の拳撃がイスータンの腹部をめり込ませた。

 

 地面を削りながら2mも後退した巨体は、その場に前のめりに倒れる。

 叫び声も上がらない。最後の雄叫びで全てを出し尽くしたのであろう。

 

 倒れたイスータンに灯っていた火炎も、空気を失ったかのように「ふぅっ」と掻き消えてしまった……。

 

 

 

 暗闇に包まれた空洞。

 焦げ付いた洞窟の岩壁と小柄な拳士。

 

 青龍が再び灯したヘッドライトの明かりを頼りに、2人は肌寒い洞窟を後にした―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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