メーデン皇帝領・パニック編  $

 

 

 「胸が小さい」と悩む女の子の気持ちはやっぱりさ、当事者になってみないと解らないと思うんだ。「気にすることは無いよ」「男はオッパイばかり見ているわけじゃないよ」なんて慰めても、結局は「まったく見ていない」わけじゃないだろうし。

 普段キザなセリフで女の子の心を慰めているつもりの彼も、これで解かったんじゃないのかな。

 

 

 

Act0

 

 雑踏の末期的近代都市、“日本”。

 煌めくビルディングが立ち並ぶオフィスエリア。老舗の誇りを持ってそこに居座り続けるパスタ屋の斜向いに、ここいらでは珍しい木造の一軒屋が建っている。

 両側をビルに挟まれて日照権の侵害を訴えたいところだが、正直、それを侵害される時代遅れさがむしろ問題な家屋である。

 

 木造家屋の影が多いリビング。そこでは男女三人が仕事の話し合いをしている。

「――と、いうわけなのよ」

 カップ焼きそばの亡骸が置きっぱなしの食卓に腰かけて、赤いスーツ姿の女は男共に現状を話した。

「うん・うん――――え?」

 長く、艶やかな金色の髪の人は2回頷いたあとに、やっぱり首を傾げて聞き返した。

 隣で本棚をゴソゴソと漁っている茶髪の男は「ふ〜ん」とどうでもよさそうなリアクションをとっている。

「だからね、ネフィスさんからの頼みだし。どうしても受けなきゃいけない依頼なわけよ。でも、ここに“女性”は私しかいないのよね……」

 額を人差し指で支えて溜息を吐く女。金色の長髪は半笑いのまま相変わらず疑問符を浮かべている。

「つまり、その依頼は“女にしかできない”依頼なわけだろ。じゃ、諦めるしかないじゃないか。俺らに相談するまでもないだろ」

 茶髪の男はGパンから小さな箱を取り出しつつ、要領を得ない女の話を批判した。

「だいたいお前の話はさ、回りくどいんだよ。裏を読んでもらう前提で話すと――」

「あ、ちょっと。煙草!!」

「――――。裏を、ハッキリと言わないからくどくなるんだよ」

 煙草の箱を放り投げ、茶髪の男はソファに深々と腰を下ろした。外側にハネた髪先を弄りながら鏡をのぞく。鏡の中では化粧いらずのイケメンが髪先を弄っている。

 その姿を陰のある流し目で憮然と睨むスーツの女。金髪の人は「つまり、どういうこと?」と言いたげに呆けている。

 茶髪の男は鋭い顔つきのイケメンだが、こちらの金髪は西洋美少女のように妖艶かつどこかあどけない顔つきの美男子で、並大抵の美女より上質な顔立ちである。細身とはいえ身長が180を越えているので、女性と間違うにはやや違和感を覚えるが……。

「別にね、断るつもりはないの。この依頼は女性にしかできないわけでは無いから」

 ツンとした表情でスーツの女は二人の顔を交互に見た。

「え。でもさ、現場はあの“メーデン皇帝領”なんでしょ? 僕らじゃ入れないし……」

 金髪の男は戸惑いながらスーツの女に問いかける。

「そうね。確かに“メーデン皇帝領”は男性入国不可。皇帝領内の男性は皇帝陛下のみ、という珍しい国よね」

「だから無理っつってんだろ」

 茶髪の男が「くだらない話をしてんじゃねぇ。あと、煙草吸わせろ!」とでも言いたげに刺々しく会話を断ち切った。

 スーツの女はまたムッとした表情を浮かべたが、今度はすぐにあざ笑うように茶髪の男を見下して

「言ったでしょ、“女性にしかできないわけじゃない”って、ね。何でもやる前から決めつけるのは良くない事よ?」

 と、ちょっと得意げな様子で言葉を返した。二人の男達は「?」と困惑した表情で彼女を見ている――。

 

 

 

Act1

 

 欧州の大国、“フランツ”。国内には“メーデン皇帝領”という独立国があり、フランツの皇帝はこの、皇帝領に居住している(よって形の上ではフランツはメーデン皇帝領の属国とされている)。皇帝とは言っても日本の天皇のように国のシンボルのような存在で、実質的な執政権などは有していない。

 フランツの興りは蛮族であった“フット”という民族であり、彼らの二代目部族長は次々と周辺国を支配してやがて皇帝を名乗った。

 皇帝は属国とした各地から美女を集め、自分のためのハーレムを形成。やがてそのハーレムは伝統のものとなり、独自のシステムの下、皇帝直轄の組織として機能を始める。日本にかつてあった“大奥”のような機関だと考えて概ね良い。

 やがて権力が薄れても依然、国家最高の威厳ある地位として“皇帝”は残り、メーデンと呼ばれた組織も継続してより独立した領域としての完成度を高めていった――。

 

 

 フランツ交通機関の要である“セントブロウ(SB)”。各種鉄道はここを基点に延びており、国際飛行場もこの敷地内に存在する。

 バスという文化を持たないこの国ではタクシーが主要な交通機関で、大手タクシー会社本部もSB内にある。

 SBの中央大交差通路内は“世界三大迷路”といわれる迷スポット。あまりにも多くの交通手段が全て帰結しているこの通路は、サッカーフィールド30個超の広さであるにも関らず、避けきれないほどの人があちらへこちらへと行き交っている。

 

「ヘイ、プリティガール。どうしたんだい? 迷ったのなら道を教えようか」

 通路の壁際。人が比較的少ない柱の影でモヒカンとスキンヘッド頭の男性2人組みが鬱陶しいハイテンションで1人の女性に声をかけた。

「いえ、結構です」

 茶髪の女性は静かな声で答える。下はGパンに上は黒のTシャツ。長袖の革ジャンを合わせたカジュアルでボーイッシュなスタイルで、顔つきも凛々しい美女である。

「あれれ、もしかしてご機嫌悪めカナ?」

「迷ってなくてもそうであっても、ちょっと僕らと遊ぼうよ。きっと楽しくするからさ!」

 モヒカンとスキンヘッドは意気揚々と言葉を叩みかけていく。スキンヘッドにいたっては頭に“楽”の刺青が施されており、「むしろ楽しいのはお前らの頭だろ?」と言いたいくらいだ。

 茶髪の女性は口の中のキャンディを奥歯できっちりと捕まえて、口を歪ませた。

「いや〜ゴメン、ゴメン。ホント広くて解りづらいね、ここ」

 金色の艶やかな髪を靡かせ、胸を弾ませて。背の低い女性が茶髪の女性の元に駆け寄ってくる。

「あれ、もう1人いたんだ?」

「(オッパイ!)いいねぇ〜、俺にまかせときな! 君みたいなカワイイ娘を楽しませる“テク”には定評があるんだよぉ」

「ギャハハ、お前、もうちょっと謙虚にイケよ!」

 モヒとスキンは胸の大きな金髪の女性の谷間に目を奪われ、迫り寄った。

「あれ、この人たちだぁれ?」

 金髪の女性はスキンヘッドに肩を掴まれながらも、茶髪の女性に問いかける。

「――おい、知っているか? 行き交う人間はそこに人が多ければ多いほど、他人に無関心になるんだぜ」

 口の中のキャンディを歯で砕いた後、茶髪の女性は低い声で連れの女性に豆知識を与えた。

「はぁはん??」

 スキンヘッドの男は最後に、中途半端な笑顔で首を傾げていた……。

 

 

 

Act2

 

<何でも屋『四聖獣』という組織のメンバーは5人で、かつて革命活動を行っていた名残か全員がコードネームで呼び合っている。

 その存在自体都市伝説のようなもので、彼らを知る人は少ない。だが、著名な権力者や実力者程彼らを知っている傾向があり、その方程式はアンダーグラウンドな世界であるほど正確性が強い。

 小規模ながら少数精鋭で、大抵の依頼をこなす彼らは「朱雀」「青龍」「白虎」「玄武」という4人と「黄龍(コウリュウ)」というリーダーで構成されている。コードネームは前のリーダーが宗教文献で得た伝説を元にしたらしい……>

 

 その女性は部屋で受け取った資料を読んでいた。

 電話をかけてから4日が経つ。電話に出た女は「自分がリーダー」と言っていたのでその人が「黄龍」なのであろう。

『今度行く二人は茶髪の“朱雀”と金髪の“玄武”です。当日の午前10時前後に到着すると思うので、彼らの“名前”を暗号代わりに聞いてやってください』

 丁寧な口調が印象的であった。存在自体が如何わしい組織なので、どんな横暴な対応をされるかと思っていた彼女はホッとした。

 信用ある知人の紹介とはいえ不安はある。だが、他に方法はない。自分はあまりにも無力で――誰かに頼るしかないこの存在がどれほど口惜しいことか。

 あの時止められなかった自分が憎い。今でも彼女を止められない自分が虚しい。

 

 一人だけの部屋で両足を抱えて蹲る。溢れた涙はポツリと落ちて、褐色の太ももを伝って流れた――。

 

 

 

 

Act3

 

 SBの壁際で2人の男性が失禁して昏倒する13時間程前のこと――。

 

「アハハハハハハハ! カワイぃ〜!!」

 木造の家屋の壁を突きぬけ、ビルに反射する程の大きさで女の笑い声が響いた。リビングにたたずむ黒いワンピース姿の人を指差し、“黄龍”はとても嬉しそうである。

「…………うるさい」

 黒いワンピース姿の人はその笑い声を聞いてコメカミの血管をさらに浮き立たせた。

「ははは。似合ってる、似合ってるよ“朱雀”」

 “玄武”も楽しそうに彼の肩を叩く。

「うるさい・黙れ・触んじゃねぇ!」

 黒いワンピース姿の朱雀はピンクの口紅を塗った口で怒りの言葉を発した。だが、それでも場の空気は相変わらず彼を嘲笑している。

「ねぇねぇ、写真とろうよ! 2人でそこに並んでさ」

「可愛く撮ってね♪」

「だぁぁぁぁぁ、黙れつってんだろ! はしゃいでんじゃねぇ!」

 マスカラが弾け飛ばんばかりに激怒する朱雀。すでに肩を組んでいる玄武がいよいよ腹立たしい。

「近寄るんじゃねぇ、気色が悪い!」

「ええっ、酷い!」

 押し飛ばされた玄武はショックをあらわに、力無くその場に崩れ落ちた。

「う〜ん、ダメダメ。そんな低い声で喋ったらバレちゃうわよ」

 カメラのレンズ越しに眉を顰める。見た目は完璧なのだが声がどうにも男くさい(当たり前)のが不安である。

「そんな時は玄ちゃんにおまかせだよっ。え〜と……テテェ〜〜ン!」

 玄武は鞄から飴玉を取り出して得意げに掲げた。

「これを舐めている間は声が女の子らしくなる、飴型変声機だよ。味はブルーベリーだけど無臭だから気をつけていればバレない優れものだよ!」

「まぁ、便利な道具。これで声の問題は解決ね! あとはスタイル、か。特に玄武くんの身長はなんとかしたいわね。あまり目立つといけないし……って、アレレェ?」

 わざとらしく目を見開いて驚く黄龍。視線の先では身長160cm程の玄武が腕を組んで立っている。

「既に“薬”で背を縮め済みだよ。一週間はこのままだね!」

 親指を立ててニカリと笑みを浮かべた。

「さっすが玄武くん! ――あとは胸、かぁ」

 頬杖をついて空を見上げ、「困ったなぁ」と溜息を吐く。

「パッドもいいけど、せっかくだから任務中は本格的にキメたいよね。 そんな時は……テテェ〜〜ン!」

 赤色の缶を掲げる玄武。

「まぁ、その缶は何?」

「これは“豊胸薬”だよ。これを適量水に溶かして飲むことで一時的にオッパイを大きく出来る薬さ!」

 赤色の缶には「オッパイビグナール」と英語で表記されている。

「これは女性に嬉しい一品ね! でも、玄武くん。どうしてこんな物を開発したの?」

「それは、いつも“胸がもう少し欲しいかなぁ……”とぼやいているナユちゃんの悩みを解消する為だよっ!」

「こ、こらー! そんなことを大声で言うでないわ、ハズカシイじゃない///

 頬を赤らめる黄龍を見て、玄武はHAHAHAと笑った――――。

「おい、そこの安い通販紛い共。どうでもいいけど俺はその薬を使わんぞ」

 朱雀は冷ややかな視線を二人に送っている。

「えー、なんで?」

 残念そうに2人は朱雀にブーイングを送り返す。

「これ以上笑いモノにされてたまるか。飴くらいは舐めてやるが……。あと、服もコレじゃ行かねぇから」

 2人の「え〜、つまんな〜い」という野次も受け付けず、朱雀は頑固にそれらの薬を拒んだ――。

 

 

 

Act4

 

「――――長くねぇか?」

「ん、何が?」

 呟いた一言に疑問を返す。

「いや、列車の話だよ……」

 朱雀は時計を見ながら答えた。

 メーデン皇帝領に向かう手段は専用の列車しかない。列車は当然ながら女性専用。乗務員も女性のみの特別列車である。朱雀と玄武は現在、その特別列車に乗っている。

 乗車は思ったよりも簡単にできた。むしろ簡単すぎるほどで、何の検査もなく、ただ多数の監視員がジロジロと見ていただけである。

 メーデン皇帝領は選ばれた女性だけが行ける国……という訳では無い。女性ならだれでも入国・出国が可能で、国を出られないのは皇帝の妻となった女性のみである。

 国はそれ自体が一つの経済都市であり、キャリアウーマンには憧れの仕事場。近代的オフィスビルに国外から通う女性も少なくはない。

 リスクいうか制限は先程述べた「皇帝の妻となった者は出国不可」というもの。皇帝は普段から国内を自由に歩き回っており、彼の目に留まった女性は強制的に彼の妻となる。

 しかし、これは「国内で職に就く、または居住している者」限定のことで、買い物客や旅行者は適応されない。つまり、この国に働く女性は「皇帝の妻になっても良い」という意思の元にあるはずであり、そうでない者はここで生活しなければ良いだけの話。

 だが、実際には旅行者であれ買い物客であれ。皇帝の妻になって困ることはまず無い。だから基本的に「皇帝の目に留まったら結婚」の考えは誰しもが持っている。

 

 欧州主要都市の1つであるフランツの景観を越えると辺りには殺風景な草原が広がる。

 遥か彼方に山並み。後方には遠ざかる都市。前方に霞むはメーデン皇帝領の白い影。

 皇帝領の周囲20kmは一切の建造物の建設、無断侵入が禁止されている、通称「エンペラーフィールド」と呼ばれる立ち入り禁止地域。これは当然、皇帝領への侵入を防ぐことが目的である。

 列車は草原をひた走る。2本のレールが永遠と併走する景色は壮大だが、周囲の景色がつまらなすぎるので非常に退屈。

 だが、女性は皇帝の大切な客人である。

 皇帝鉄道は女性のため、全車両にゆったりとした席配置と前後が気にならないように防音版を完備。ほとんど個室状態で最大4人掛けの各席にはTVと快速無線ネットを設置。

 ドリンクや軽食もボタン1つで無料お届けという至れり尽くせりのゴージャスな空間を用意しております。

 メーデン皇帝領も領域守護のため、現代社会に対応するのに必死である。

 

 1時間もののTVが終わる頃、列車内にアナウンスが流れる。

『淑女の皆様、本日はメーデン皇帝領に足を運んでいただき、誠にありがとう御座います。まもなく当列車は領内に到着いたします。どうぞ、現世に残る女性のオアシスを存分に堪能してくださいませ。皇帝陛下も皆様のご入国を心待ちにしておられます』

 丁寧な女性の挨拶と共に各席のモニターに髭面皇帝の写真と「皆様にお会いできる事を心待ちにしております」の言葉が表示された。

 列車に乗る2人の不純物は退屈そうにその表示を眺めている。

「あー、そう言えばさ」

 朱雀が久方ぶりに口を開いた。

「ん?」

「これに乗るとき、監視が甘かっただろ? 何でか解るか?」

 朱雀の問いかけに玄武は小さく首を振って答えている。

「アレな、罠なんだよ。あそこで侵入者をひっ捕らえても法律上裁くのはフランツになるのさ。それだとせいぜい懲役5〜10年かな。でも、メーデン国内だと国際規定外の超判決が下せるからもっとキツく裁けるんだよ」

「へぇー」

 玄武は「そーなのかぁ(?)」という表情を浮かべて首を傾げた。

「……キツく裁くって、どういうこと?」

「基本的に皇帝領内で1番罪が重いのが“皇帝妻の浮気”や“寝取り、寝取られ”。次に重いとされるのが男性の侵入」

「“寝取られた”も罪になるの?」

「皇帝法ではそうなっているらしい。で、さっきの罪なんだけど、その“重さ”はあくまで“皇帝領として許せない”ランクであって判決上は大差ないんだ……」

「何で?」

「どっちも死刑だから」

 朱雀が淡々と現状を説明している間も、列車はメーデン皇帝領に向かってひた走っている。

 玄武が「それは怖いね」と答えた数秒後の事。列車に甲高い玄武の叫び声が響き渡った。

「――ちょ、ちょっと待って。じゃ、僕らはもうバレてるの!?」

「検査方法を詳しく知らないから何とも言えないけど、この列車に乗った時点で2回ほどチェックを受けてるくさいなぁ」

 朱雀は余裕のある笑みで見飽きた草原を眺めている。

「ドゥ、どうするのさ! このままじゃ捕まっちゃうよ!」

 激しく取り乱して朱雀を揺さぶる。

「チェック結果は皇帝領の警備情報室に行くってことはわかってんだよ。そして捕まえるのは皇帝領内に入ってからだから、この列車に乗っている間は安心。だから今は落ち着け」

 冷静に諭されて玄武は一瞬「安心なのか……」と落ち着いたが「いや、今だけかよ!」と気がついて再び朱雀を激しく揺さぶり始めた。

「大丈夫。俺は入るのも得意だが、逃げることも得意だから。監獄からでも抜け出せるし」

「き、君は大丈夫でも僕はどうすんだよぉぉっっ〜!!」

 半泣きで頭を抱え込む玄武。朱雀はニヤニヤと笑みを浮かべながらようやく終わりが近づいてきた景色を眺めている。

「お客様、どうかなさいましたか?」

 先程の悲鳴を聞いた乗務員が不安げに話しかけてきた。

「ああ、すみません。この娘、“皇帝様に声をかけられたらどうしましょう”ってヒステリーになってしまって。よくテンパルんですよ、この娘ったら♪」

 朱雀は軽快な口調で乗務員をあしらった――。

 

Act5

 

『ようこそ、メーデン皇帝領へ。エスカレーターに乗っていただければ改札に着きますので、どうぞそのままお進みください』

 全天をドーム型にガラスが覆い、薄青く光る銀色の壁が女性客達を一層煌びやかに演出する。人工の小川に沿って進む横移動のエスカレーターには、列車を降りた女性たちが列になって進んでいく。

 途中には著名な女デザイナー達が競演するように製作した豪華な花壇や噴水が置かれ、女性達の目を惹きとめる。

 美しき花々を眺める女性たちに紛れ、大きく欠伸をかく茶髪の女性。革ジャンの胸ポケットからライターを取り出し、咥えた煙草に火を着けた。

 小奇麗なホームだが、この空間は禁煙ではない。そもそも皇帝領内はイメージに反して喫煙に甘い。理由は皇帝の趣味故。愛煙家の朱雀にはとりあえずありがたいことではある。

 その後ろでは「どうにかなるって」という曖昧な言葉と相棒を頼りに、怯える玄武の姿があった。

 

 エスカレーターの最終地点が近づく。どうやらそこは改札らしいのだが、切符を拝見するだけのものとは異なる。遠くても数人の警備人が詰め寄せていることが確認でき、明らかに「異物」を取り除く為の関門であることが察せられる。

「ああ……。どうなの? 本当に大丈夫なの?」

 小声で質問をしながら朱雀の背中に寄り添う玄武。

「気色悪りぃから離れろ。後は流れに身を任せるべし」

 淡白な相棒のセリフではちっとも不安は解消されず、若干諦めの感情が湧いてくる。「捕まっても、きっと助けてもらえるよね」と、既に“その後”の心配をしている始末だ。

「……失礼ですが、少しこちらに来ていただきます」

 ビクッと肩を竦めた玄武が前方を見ると、サングラスを掛けた女性が警備員に連れて行かれている光景が目に入った。

 サングラスの女性は少し戸惑っていたが、数人の警備員に囲まれてやがてどこかへと連れて行かれた。

「…………」

「――終わったな」

 要点のみを抑えたその言葉で、玄武は“彼”の行く末が車内で聞いた事態であることを理解した。

 エスカレーターは進んでいく――。

「――失礼。あなたがたはちょっとこちらへ来ていただけませんか?」

 ビクッと肩を竦めた玄武が顔を上げると、そこには女性警備員の穏やかな笑顔があった。口元しか笑っていない笑顔に不安感を覚える。

「う、うあ……」

 戸惑い、うろたえる玄武。それを尻目に朱雀は

「あら、何かしら?」

 と丁寧に答え、素直に警備員の後をついて行った。

 彼の後をおどおどと追いかける玄武だが、どうもにも警備員の腰に下げられた“サーベル”が目に入って仕方がない。

 

 

 警備室はさすがに皇帝領の守護を司るだけあり、かなりの広さと人数を有している。

 連行された2人はその中を通り、頑丈そうな扉の先に通された。扉の先は机と椅子しかない6畳程度の部屋。近いものといえば……取調室辺りがそうであろうか。

 入るなりふてぶてしく椅子に腰掛ける朱雀。放心状態の玄武はそれに倣い、隣の椅子に小さくなって腰掛けた。

 5分ほど経過して――。

 頑丈な扉が開かれ、1人の女が入ってきた。女は他の警備員とは明らかに異なる服装で、瞳には「ヒラではない」ことを伝える光が宿っている。

 腰に下げた東洋風の剣を机に立て、女は彼らの対岸の席に掛けた。

 2人を鋭い目つきで見ている女。

 玄武が息を呑んで視線を逸らした時、女が口を開いた。

「あなた方のお名前を教えていただきたい――」

 静かな口調で彼女は2人に質問した。

「俺は朱雀、隣の金髪は玄武。そう言うあなたはエリーナさん?」

 ニヤリと笑みを浮かべて、朱雀が聞き返す。

「失礼。職務柄、名乗る事が少ないもので――。確かに私はエリーナです。お二方をお待ちしておりました」

 エリーナと名乗った女は安堵したのか、顔を綻ばせて2人を歓迎した。褐色肌の彼女は先程とは打って変わって可愛らしい表情をしている。

 いまいち状況が解からず、玄武は不思議そうに2人を眺めていた――――。

 

 

 

 

 

 

Act6

 

 メーデン皇帝領はさすがに経済都市と呼ばれるだけあり、日本の首都顔負けの近代的情景を成している。

 目に映るのはビル、ビル、ビル……。普通の都市と違うのは行き交う人々が全て女性ということのみ。この経済的成功がなければ、こんな時代遅れの制度を持つ国家など、とっくの昔に消えうせていたことであろう。

 

 摩天楼を走る6車線の道路。その脇に広がる華やかな歩道を歩く二人。茶色短髪の彼はボーイッシュに、金色長髪の彼はオトメチックな装いで道を行く。

「何で教えてくれなかったのさ!」

 玄武は声を強めて文句を放つ。

「その方が面白いだろ?」

 朱雀はニヤニヤとした笑みで返した。

「ちっとも面白くないよ!」

 顔をそらし、玄武は目を細めてぼやいた。

 2人を出迎えた警備員は今回の依頼主。朱雀はエリーナという女性の特徴となぜ自分たちが安全に正面から侵入できるのかを事前に聞いていた。

 エリーナは警備隊の総括者。

 彼女はその時間帯に勤務する同僚の内、必要な3人と共謀して彼らを引き入れた。人間自体を侵入させることは責任者の彼女の立場を利用すれば容易いが、問題は朱雀の仕事道具である“銃火器”をいかに持ち込むかが焦点となった。そのためにはどうしても他の3人に協力を仰ぐ必要があったのである。彼女が明るく頼りになる存在として周囲の信望を集めていた成果がここに出た。

 その彼女はまだ仕事が終わらないので、終わるまで2人は暇である。だからこうして彼らは町を散策しているのである。仕事に当る際、この町について生の情報を得ておくことも後に生きるかもしれない。

「しかし、見事に女しかいねぇな。ここは楽園か?」

 恍惚な表情で周囲を見渡すと、そこには当然“女性”しか存在していない。

 女装は我慢ならないが、朱雀は白昼堂々、実にロクでも無い妄想をしている。

 

 ふらふらと町を歩き回った後、「トイレに行きたい」と玄武が訴えたので通りのカフェに入った。

 カフェ内はそれはもう、これでもかと女性の園。飾りつけもテーブルも、何より空気が容赦の無い「女らしさ」を求めている。いくら女慣れしていてこの手の店にも慣れている朱雀といえど、ここまでピュアな店内だとさすがに圧倒されてしまった。

 危うく「男性用はどこですか?」と聞きそうになった玄武に冷や汗をかいたが、どうにかフォローして事なきを得る。

 

 窓際の席に座ってメニューを手に取る朱雀。

 メニュー表を開くと「フワァッ」と香水の様な香りが鼻を掠める。所々には“子猫や子熊”などという生易しいファンシーさではなく、薔薇なのか何なのかよく解からないが、とにかく美しいような気がする花のイラストが薄い色合いで描かれている。

 パタリとメニューを置き、溜息混じりに外を眺めた。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

 不意に話しかけてくる店員。

「ああ、もう少し待ってください。連れの分もありますから」

 やさしい口調で答えると、店員は「わかりました」と水だけ置いてその場を去った。

 かなり上等な女性だったので、思わず飴玉を吐き出して得意の甘いヴォイスで声をかけたい衝動に駆られたが、断念。実に口惜しい状況である。

 テーブルに貼られた「喫煙席」の札を見て、釈然としない気持ちで煙草に火を着けた。それにしてもこの飴玉は邪魔だ。

 ぼんやりガラスを眺めると、麗しき淑女達がとめどなく行き交う景色が映っている。

「――あれ?」

 朱雀の視線は当たり前の中の異変に留まった。

 行き交う女性に混じって一人だけ、明らかに男性である人物が歩いている。なぜ明らかなのかと言うと、口元に逞しいお髭がわさわさと生えているから。これでもしこの人が女性であったとしても、間違えた朱雀に責任は問えないというレベルである。

 朱雀はそれが噂の皇帝陛下であると気がついたが、そうなると更に不思議な点がある。

 皇帝が護衛も付けずに街中を闊歩する姿も異様だが、それは一般的視界。朱雀には半径10m以内に潜む数人の護衛の位置が解っている。

 異様なのは憧れの的と噂の皇帝が歩いているのに人混みどころか誰も近寄らないこと。

 最初は疑問を感じたが、周囲の女性の反応を見て朱雀はこの町の“暗黙のルール”とやらに気がついた。どうやら“女性から皇帝に声をかけてはいけない”という掟があるらしい。

 周囲の女性が振り返ったり、友人とキャーキャー言いながらはしゃいでいる状況と、皇帝の立場と女性の数を考えれば当然である。歩くたびにいちいち人だかりになっていたら、むしろこの町は「妻選び」に不便。自由に歩き、選択できるからこその“皇帝領”なのだから。

「皇帝ねぇ……それなりにいい男でないの。こりゃ女も集まるわ」

 などとガラス越しの皇帝を眺めていると、チラリとこちらを見た皇帝と目が合った。正面から見ると顎鬚の長さに感動する。

 歩き方も自信と気品に満ちており、人間としての完成度も窺える。目元にはセクシーなホクロがあり、髭もかなりこだわって手入れをしているようだ。

 朱雀は目が良い。だが、彼の目はどうでもいいことは映さない性質。それでも見えるのはそれが目立ったり、こちらに向かってきた時くらいである。

「……え?」

 朱雀が異常に気づいたのは皇帝が店内の自動ドアを潜る直前であった。

 皇帝の来店に騒然となる店内。朱雀も騒然とまではいかないが嫌な胸騒ぎを感じている。

 立派な髭の皇帝はキビキビとした動作で淀みなく、無駄なく目を惹かれた人の元に近づいていく。

「まさか、おい、ウソだろう……?」

 煙草を灰皿に置き、ただならぬ圧迫感に思わず臨戦態勢を整える。

“カッ”

 踵を鳴らして、紳士は淑女の前に停止した。

「――安らぎの一時に失礼。あなたの視線に情熱を感じ、こうして押しかけさせていだたきました次第です。どうぞお許しを……」

 皇帝は丁寧に、失礼の無いように。低姿勢な態度でレディーへの挨拶を行った。皇帝とはいえ、紳士としてのプライドと精神が女性に対する尊敬の念を抱かせるのであろう。

「・・・・・・」

 男に誘われるのは初の経験。あまりにも予想外な出来事に珍しく言葉に詰まる朱雀。むしろ予感通りすぎて信じたくない心境かもしれない。

「あ、あーっと……いえ、こちらこそ。陛下にお声をかけていただけて光栄ですわ」

 どうにか演技をひねり出し、「鬱陶しい、失せろ!」の言葉を心に仕舞い込む。

「お美しいあなたと是非とも、ゆっくりと言葉を交わしたい。どうか、私と城に来てはいただけませんか?」

「あの、それはとても嬉しいお誘いですが……その、私は買い物に来ただけで――」

「おお、居住者の方ではありませんでしたか。ならば他用もありましょう」

「え、ええ……」

「ですが、お時間は取らせません。例え本日出国されるとしても、半刻頂ければ結構ですので。良き思い出となる持て成しをお土産代わりされては如何でしょうか?」

「――ありがたいお誘い、気持ちだけでも涙を禁じえない思いです。こうして陛下と言葉を交わせたことが、生涯忘れられない思い出でございます」

「勿体なきお言葉。ですが、どうか一国の皇帝としての願いを少しだけでも叶えていただけないでしょうか? 卑怯な申し方とは思いますが、あなたを思う気持ちを真摯に伝えたいが故――どうか共に我が城へとお越しください」

「…………」

 皇帝にここまで言われると言葉を返し辛い。周囲の女性も「どうしたのかしら、せっかくのお誘いなのに……」と疑惑と嫉妬の視線を突き刺してくる。何とも耐え難い、複雑な空気。先程の甘い空気はどこに消えたのか?

 いっそのこと飴玉をその髭面に吐きつけ、

『うっせぇ、俺は男だ! 俺にその気はねぇんだよ!!』

 と怒鳴ってしまいたいところである。

 堅苦しい空気の中、1人の女性が紳士と淑女の元に駆け寄ってきた。

「ゴメン、ゴメン。いやぁ、ちょっと手間取っちゃって――アレ? 男の人?」

 弾ませた胸を落ち着かせて、金髪の女性は髭面の男を見つめた。

 皇帝は落雷に似た衝撃を受ける。

「――彼女はあなたのお連れの方でしょうか!?」

 先程よりテンションを上げて朱雀に問いかける皇帝。

「……そうです」

「なるほど――あの、私は当国の皇帝、ルトメイア13世と申します」

 皇帝は胸に手を当ててお辞儀をしながら名乗った。

「へ? 皇帝って……え!!?」

「突然の申し出で不躾では御座いますが、どうか私の城に来てはいただけませんか? 是非ともあなたと話がしたい……もちろん、お連れの方も共に!」

「え、“しろ”って、“城”? これって……」

 焦る玄武を眺めながら、朱雀は皇帝の態度を考察していた。

 皇帝は生まれながらに「受け入れる」立場にあり、彼の誘いを受ける女性は「受け入れてもらう」立場にある(それはこの国にいる時点でほぼ確定)。彼はそれに気がついており、だからその公式を隠して尚且つ利用する為に下手に出る。これは別に卑怯なわけではない。むしろこの国の女性にとっても利点がある手段。

 現在朱雀が置かれるような状況も、「受け入れてほしい」と思う女性ならばさして問題にはならない。「あの子ったら。キーっ、悔し!」とは思うかもしれないが、どのみち皇帝は一夫多妻。遅かれ早かれ“どちらがより愛されているか”の競争はある。よって、この状況でも大した問題は発生せず皇帝は二兎をGETできる。

 だが、朱雀のように「受け入れてほしくない」人間からすれば非常に不快であろう。そういった「例外的女性」や「プライドが高い女性」に対する対応が甘いな、フン!

 ――と畳み掛けるように高速考察をする朱雀。なんとも言えない敗北感が彼の脳に去来しているので、それを排除しようと必死になっていた…………。

 

 

           メーデン皇帝領・パニック編: End