動景 7、「 帰巣 」

 

 日曜の朝。AM8時。

 世間は夏休み真っ盛りの頃合。陽射しは強く、そろそろお向かいのペットショップから元気盛りな戸塚兄弟の声が響いてくる頃だろう。

「あー、ほんとだ。こりゃ大変!」

 奈由美はマイクに促されるまま庭に出て、その殺風景ぶりに驚いた。

 立派な木は防護壁の外にあったのでギリギリセーフ。ただしブランコ、彼は駄目でした。

 

 庭は正方形の形に「土しかねぇ」という状況。しかも若干低くなっているという有様。【蒸発しました】と伝えるマイクの声に「凄いのが来たのねー」と、大型台風が通過した後のような感想を述べる奈由美。

 実は玄関である通りに面していない入り口。

 そう、このボロ屋。何故か表通りではなく裏手の庭に向けて玄関が設けられている。いつも出入りする表の口は勝手口という奇妙。それもこれも、かつて都市開発の波に飲まれず、「どきませんことよ!」と粘った伝説の迷惑老婆が作り出した産物である。

 そのボロ屋の中からは『不燃戦隊☆プラレンジャー』のOPが流れ出している。

 対面のペットショップとハモル大音響のOPソング。

 奈由美の「音量下げなさい!」という怒鳴りも介せず、玄武は習得済みの変身ポーズを5人分全て決めていた。

 

 

 そして朝飯。今朝は輝歌が用意した。

 赤出汁の味噌汁から湯気。小さく切られた豆腐が揺らいでいる。

 沈むナメコを箸で摘み、一口。つつましい輝歌の所作、挙動。

 漂う味噌の風味に合わさる目玉焼きの香ばしさ。安物だが、端が“カリッ”としているハムが1皿に2枚程添えられている。

 キャベツにかけるのはソースか、マヨネーズか? ・・・玄武はケチャップである。

 適度な炊き加減の米は一粒一粒輝き、何も必要とせず、それだけで――美味い。

 

 高家の人とは思えぬ庶民的な朝食。材料のせいもあるが、輝歌は「いつもこんな感じです。私はこのメニューが大好きです」と、奈由美の疑問に優しく答えている。

 1パックしかなかった納豆は玄武が食べられないので、輝歌に食べてもらおう――でも、客人がそのような贅沢はするものではないですよ――いいのよ、いいの。さぁ食べなさい……などと、娘っ子2人が譲り合う。結局は「帰ってきたら虎か龍に食わせる」ということで奈由美は結論付けた。

 

 ヒーローの時間も15分を過ぎ、いよいよ怪人が奥の手を使おうとする時刻。

「ひぇん武ふん、歯は磨ひたの〜?」

「ん〜、後でー」

「んぺっ――忘れるでしょぉ、今磨いちゃいなさい」

「ヤだ」

「虫歯になっても知らないわよ!」

「もぉ〜、うるさいっ!」

 奈由美と玄武の徐々にヒートアップするやり取りを聴きつつも、ソファに座り、テレビの画面を見守る輝歌。番組もいよいよヒートアップ! マイクも二足歩行を得たパソコン画面から食い入るようにそれを見ている。

 

 

 ふ、と開きっぱなしの玄関を見る輝歌。丁度、その直線上にある立派な木。

 

 

 傍らに立つ着物の人は感心しながらそれを見上げている。よくぞ生きているものだ、素晴らしき生命よ……と一唸り。

 一頻り観照を終えたのか、その人は満足気に庭を歩き始める。

 

 

 テレビに齧り付くフロイス兄弟。

 “ガラガラ”とうがいをしている奈由美。

 

 

 庭を通り、玄関に着いた着物の人。着物から察するにどうやら男性のようで、白髪の長い髪が面の左右に垂れている。

 着物の色は黄土色、面の形状は“狐”である。

「失礼する」

 彼は玄関のやや内側に立ち、落ち着いた声で住人を呼んだ。

 だが、誰も答えない。ボーっと自分を見ている女性はいるのだが……。

「ム、君はここの住人か。応じてくれねば困るのだが」

「あ、いえ。私は違いますけど……何か御用の方でしょうか?」

 輝歌はいそいそと立ち上がり、黄土色の狐に近寄る。

「ん、そうか。違う――ということは、君が天上の姫か?」

「ほへ?」

 言い回し的によく解からず、輝歌は首を傾げた。

「え……と。姫ではないですけど、私が“天上 輝歌”で御座いますが」

 緩やかな表情で、無防備に応じる輝歌。 黄土色の狐は「ム、そうか」とだけ答えた。

 

 狐の足元に靄が沸き立つ。玄関のすりガラスは曇り、背後の庭に霜が生ずる。

 輝歌が急に乾燥した空気に「コホッ」と軽く咳を溢した時には、庭に1羽の巨長が存在していた。

 光の屈折のみでその存在、容姿が判別できる鳥。翼を広げると水気が飛び、空気が揺れた。その全長、およそ7mはあるのだろうか。

 彫刻家が彫り、生命を与えたかのような『0以下までに冷えた水の鳥』は翼の上下を始めている。

「わぁ――綺麗――」

 ビルとビルの狭間に射す一条の線光に照らされ、その周囲の氷結晶が輝く。

「それでは姫、参りましょうぞ」

「え、――ハゐ!?」

 戸惑う輝歌を抱き上げる黄土色の狐。

 せり上がる土の階段を踏みしめ、彼は輝歌を連れ、氷鳥の背に乗った。

「しっかりと掴まりませい。飛び立つ時が、最も揺れますぞ」

 彼のその言葉を合図にしてか、氷鳥は大きく翼を動かし、地を凍てつかせながら走り始める。

 

 庭を駆け、先にあるアパートとビルの狭間が迫る直前。

 それは地を発ち、全容を斜めにして狭間をすり抜けた。

 裏手の通りを飛び上がっていく氷鳥はもう一踏み、信号機を足蹴にして天へと上がって行く。その姿、倒れた信号機もそうだが、それ以上に目立った。

 

 多くの人は「なんだアレは!?」と思う前、「ああ、なんて美しい……」と感嘆したそうな――。

 

 

 

 ↑さて、以上は一時のことであった。

 歯磨きを終えた奈由美が「寒っ!」と暑くてたまらないはずの今に相応しくない異変を口にした。テレビの中ではEDテーマが流れている。

 次回予告が気になって仕方が無いマイク。その横で、もっと気になる事態を目撃していた玄武。

「何よ、なんで玄関凍ってるのよ……って、アリ? 輝ちゃんは?」

 家の中を見回し、パジャマのまま玄関の外に出て周囲を確認する奈由美。

「なんかね、でっかいかっこいい鳥がいてね、それで着物のおじさんが姫様とかいって輝歌が鳥に乗ったんだ。いいなぁ〜」

 奈由美の前に歩み出て、空を見上げる玄武。

 奈由美はしばらく沈黙した後、急いで家に戻り、マイクに掴み寄った。

「ま、マイクくん!」

【ひゃ、はい? なんでしょうか、奈由美様】

「玄関の映像! さっきの! ちょっと確認して!!」

 言われて大急ぎに確認するマイク。……そこには、先程あった一連の事態がしっかりと映っていた。

【・・・ァ】

「――“ぁ”って何!? 輝ちゃん、やっぱり連れさらわれたの!? ぎゃぁ! どうしようっ! どうしよう! うわぁぁんっ!

 頭を抱えながら部屋を走り回る奈由美。マイクは【緊急事態発生! 皆さん、警戒してください!】と今更な警報をボロ屋に響かせた。

「うわぁぁぁっっど、どうしよどうしよ!!?」

【大丈夫です! 発信機を装備してもらっていますから。奈由美様、落ち着いテ!】

ぎゃわぁ、発信機!! 場所、どこ? 空!?」

【ええ、空です。 そしてジュニア、輝歌様が危険な状態です】

 ぼやぁっとしている玄武に進言するマイク。

「ん? ――あっ、そぉか! 駄目なんだよ、輝歌が連れて行かれたら。追いかけないと!」

「追いかけるって、どうやってよ!!!?」

「僕も飛ぶ!」

「ワッッ???」

「いくゼ……

変・身っ!」

 

―― カッ ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神奈川県上空。奇妙奇天烈な巨鳥はいざ飛び立てば目立たない。目を凝らせば地上からも確認できるが、その純度の高い氷塊は光を透過させるので、影がほとんどない。あるのは、人2人分の点である。

 

 透明な巨長の背。景色も乗り物も美しいが、そこは人にとっての地獄。

あ、あうぅぅぅ

「ム、如何した?」

 黄土色の狐が膝元で震える娘の異変にようやっと気がついた。

 黄土色の狐は何故、この姫は震えているのかと最初疑問に思っていたが。しばらく経って謎が氷解する。

「おおっ、そうであった! 生命は寒いと死んでしまうのであったな。吾、失念っ!」

 そう言って大急ぎに片手を繰り返し振り上げ、呼ぶ――“何を”、か?

 

 

 

 工業地帯川崎に取り残されたかのようにあった畑。それは個人的なもので、今や大地主である老夫婦の趣味の場。2人は巣立った息子達の代わりにとでも思い、作物を育てていた。

 今は西瓜が良い頃合になっており、盆に来る孫共にも食わせたろうと2人は縁側で話している。

 空を見上げた婆が何気はなしに「なんかおるな?」などと爺に話しかける。爺は「あに? あんかけオルタナ?」と聞き返す。

「なんか飛びよるわ! 爺さん」

「なんかトロピカルなワシ!?」

 ズムム、と持ち上がる目の前のそれにも気がつかず、2人は言葉を交わした。

 「だめじゃこりゃ」と婆が首を振り、視線を先程まで見ていた所に戻す。だが、そこには先程まで見ていたものは無く、ただ、土があるのみ。無論、さっきも土はあったのだが、端整込めた土ではなくなっている。

「爺さん、こんなでしたか?」

 婆は更地となった元畑をしわしわの指で示した。

「婆さん、わしゃ知らんぞ! 食ってないからの! 西瓜は信勝らに食わすんじゃ!」

 爺さんは無くなった西瓜に戸惑い、「もしやこいつが食うたのか?」と疑わしく隣の婆を見た。しかし、いくらなんでも2、30の西瓜を土ごと食う妻などあるまい。

 畑は今、遥か上空へと向かっている。

 

 

 

 昇ってきた畑が氷鳥を包む。所々に西瓜が目立つものの、鳥は土に覆われた。

「これで仕上げじゃ」

 と黄土色の狐が鳥に草を生やす。茂る草花に恵まれ、鳥は空の庭園の様相を呈してきた。しかし、若干不細工なのが気になる。やはり西瓜のせいであろうか。

 下腹部から尿のように氷の結晶を噴射する鳥。いよいよアレな姿だが、これで温度は上々なものになった。上空ゆえの寒さも、背に高い草を生やしたので堪えられる。

「どうじゃ、まだ寒いか」

「は、いえ……ありがとう御座います」

 輝歌は一息つくと、隣に咲いた花輪に触れた。

「――花が好きか」

 狐が膝元の娘に聞く。

「は、はい。生きる事に真っ直ぐで、その姿が大好きです」

「おぉっ」

 輝歌の頬に触れ、溜息をつく黄土色の狐。輝歌はほやほやっと呆けている。

「正しく相応しき姫であったか。良き事よ」

 穏やかに、温かな口調で黄土色の狐は頷いた。

 しかし、輝歌の表情は寂しげ。自分の旅は終わったのだと気分が沈む。

「私はやっぱり、館に戻される……のですね」

「館? 姫の向かうは城と決まっておろう」

「……お城?」

 輝歌は再び呆ける。彼女は確かに高家の人だが、この時代、この時勢に城になど住んではいない。

「私の家ではないのですか」

「否、向かうは吾が主神(しゅじん)の元」

「主人――旦那さん?」

「否、否! 字が異なる。主なる“神”と書いて主神」

「ふぇ? 神・・・さま??」

 輝歌は三度呆けた。

 黄土色の狐は「ウム、ウム」と喉を鳴らして頷く。

 上空を行く鳥はいよいよ、山梨の地へと入らんという地点に在る……。

 

 

 

――やや時を戻し、尚且つ場所は変わって東京都某所。

 ボロ家屋の中から、輝歌や今し方飛び立った緑の男やらを心配する奈由美。

「虎君もどっかいっちゃったし、龍ちゃんは戻ってこないし……」

【奈由美様、ご安心を。高速道路を走る白虎様の姿を発見いたしました】

「・・・うわぁ。その情報、一層不安になるんだけど。マイク君」

【今はマイク指令とお呼びいただきたい】

 パソコンの画面内で白い紳士はその身を高級軍人のような服装に包み、パイプを加えて情報の煙を吐き出している。

 奈由美はすこぶる心配一杯に、がっくりと肩を落として溜息を吐き出した。

 

 

不意に、勝手口から差し込む朝の日差しが遮られる。

視線を移す奈由美――

 

『 やぁやぁ、バカヤロウ共! 元気してるゥ? 』

 

 勝手口に立つ人影。いつもと異なり、テンガロンハットもロングコートも無い。

 オフを気取って南国を渡った鳥は舞い上がった気分で“ツカツカ”と靴のまま家屋に入り込んできた。

「オッス、奈由美ちゃぁ〜ん! 相変わらず貧乏くせぇ恰好してんな、お前」

 非常に白けている奈由美の肩を掴み、無闇に悪態を吐いて来る赤茶髪の青年。彼はサングラスを押し上げて奈由美の全身を見回した。

 首元には2重にネックレスがかけられ、ベルトやらポケットやら、やたらと金属の綱を垂らしているその姿。舞い上がりも良いところだ。

「アラ、お前だけ? 他のアホはドコよ?」

 両手を広げて首を竦める。軽く見渡した所、そこには龍も虎も亀の気配も無い。

「――えっと、スザくん。実はですねぇ・・・」

「アン?」

 気マズそうに事情を説明する奈由美。

 

――2分後。

 陽気に巣へと戻った朱色の鳥は「しゃあねぇなぁ、ったく――」とぐちぐち言いながら車庫へと入った。

 エエ気分を完全に害されたが、娘さんのピンチと聞いたら黙っていられない性分。

 四聖獣一のキザ野郎、“朱雀”は皮ジャンを服に重ね、グローブを「キュッ」と鳴らした。

 

 リモコン操作で上がるシャッター。獣は今にも立たんと、威きり立っている。

 

 シャッターが上がりきる前、すり抜けるように飛び出る鳥――いや、地を駆るその姿は漆黒の馬にでも例えようか。

 法廷速度など一切合財容赦無い2足の駆動機械は、溶けるゴムの香を残し、遠吠えを霞ませて疾駆、去る――。

 

 

 目的地が表示される風防等。幾多もの特製装置が施された機械仕掛けの巨馬。

 

 『玄武』の印が入った愛馬に跨る騎手の髪は、風圧で後ろに逆立っている。

 

 

流れる景色をサングラスに映すその表情。

朱雀はニヤリと笑みを浮かべた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 景 間 ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動景 8、「 異界 」

 

 

「―― 待ちたまえっ!!――」

 

 青い空を行く草木の巨鳥。雲の中は入ってみると意外とそれと解からない。

 気ままに上昇、下降を繰り返し、巣へと向かう巨鳥。どれどれ、などと高度を落とせばいよいよ広がる山梨の景色。

「・・・・・・」

 輝歌は巨鳥の上で横に目をやり、首を傾げている。

「姫よ、もう暫し待たれよ。やがて見えてきよる」

 黄土色の狐は輝歌の頭を撫でて、穏やかに声をかけた。

 

「ええいっ! 待ちたまえっ!!」

 

 空を飛ぶ巨大な背に、一羽の雀が降り立った。

「あっ、スズメ!」

 輝歌は愛らしいその姿に感激し、両手を合わせる。

「ム、何ぞと思い降りおったか……それとも、懐かしき親鳥とでも違えたのかの?」

 黄土色の狐は愉快そうに微笑んだ。

 雀も、「チチっチ」などと鳴き、羽を休めている。

 

「やいやいっ、待てってば! 狐怪人!」

 

 三度追いつき、宙に立ち止まり、手を突きつける緑の人。

 “怪人”――。その言葉がひっかかる。ようやくその面を振り向かせた黄土色の狐。

「怪人とは、これまた……確かに人より見れば、怪奇奇天烈な存在かも知れぬが。それでは聊か認識が低すぎるのではないか、そこの人よ?」

 黄土色の狐の視界。呆ける輝歌の目にも映るその人。

 緑色のピッチリとしたスーツに頭部の全てを覆う仮面。腕には輝くブレスレッドを装備しているその姿――ざっくり言ってしまえば“戦隊物の衣装”であろう。

 翼もジェットも無く空にあるという事実は奇妙ではあるが、確かにその長身の人は空に立っている。

 やっと相手にしてもらえて、気分も上高なその人。

「ふふんっ、怪人め。輝歌を返してもらうぞ!」

 ポーズを変えて、勇むその姿。

「・・・返すも何もあるか。姫は主神のものぞ」

「しゅじん……? キサマ、女か!!?」

 「だから、字が違う!」――と返す黄土色の狐。「え、女性の方なんですか?」と輝歌がおどおどと聞いてくる。

 黄土色の狐は面を押さえて「ヌゥゥ」と溢した。

「とにかく、輝歌を返せ! 狐怪人!」

「・・・お主、何者ぞ?」

 くたびれた様子で聞く黄土色の狐。

「玄武さんですよね」

「そう、僕はゲ――イヤイヤ、違う! 違うの!」

「アルェ? 違うのですか?」

「私は科学が生み出し奇跡の産物! テクノロジーっ、グリーン!!!

“ ジャキーン! ”

 

 両手を右に向け、屈んだ姿。それは名乗りのポーズである。

「・・・・・・」

「テクノロジーグリーン……でも、玄武さんですよね?」

 輝歌は不思議そうに首を傾げた。

「ん、そだよ――いや、そうなんだけど違うの! ていうか言っちゃダメなの! 秘密!」

「あ、秘密なのですか。申し訳御座いません……えと、テクノロジーさん」

「そこで区切らないでっ! んもう!」

 空で地団駄を踏む玄――――テクノロジーグリーン。

 

 瞬時、ピシリ、とその動きが止まる。

 氷漬け――という表現がしっくりとくる程見事な氷結。

 

 テクノロジーグリーン(長いので以後、省略して“玄武”とします)は空中で凍りつき、地団駄を踏んでいる最中の姿で固定された。何故か落下しないが、そんなことはどうでもよい。 雀も何事も無かったかのようにくつろいでいる。

「ああっ、げ、玄武さん!!」

 輝歌が身を乗り出そうとするが、黄土色の狐がしっかりとそれを抑える。彼は無言のまま、新緑の鳥を進ませた。

「ま、待ってください! 玄武さんが、玄武さんが……」

 遠ざかる氷塊に手を伸ばす輝歌。黄土の狐はその視界を袖で覆い、「忘れよ」と呟いた。

 

「―― 待ちたまえっ!!――」

 

 青い空を行く草木の巨鳥。雀が響いた声に驚き、飛び立つ。

 巨鳥の背で。黄土色の狐は嫌な予感を得、白髪の頭を掻いた。

「テクノロジースーツを舐めるなよ!」

 そう言って鳥の眼前に回り込んだ玄武は両腕を広げた。

「玄武さんっ!」

 輝歌が手を合わせて喜びを顕にする。

「だ・か・ら! テクノロジー・グリーンなのっ!!!」

 腕を振ってダダをこねる玄武。

「・・・・・・」

 黄土色の狐は面を俯かせ、「ムグゥゥ」と唸った。

「怪人め! おまえ、氷狐怪人だったのか!」

「……面倒である」

 玄武の煽りも気にせず、新緑の鳥はその高度を一気に下げ始めた。「待てィ!」とそれを追う玄武。

 

 

 遥か先に目を凝らせば、赤い球が見える位置。街よりやや離れた地。

 山林の木々が葉を飛ばし、腐葉土は巻き上がる。巨鳥は“ズンッ”と音を立てて山中に着陸した。

 着陸と同時に崩れる巨鳥。その跡は花咲く園として残った。

 園に立つ黄土色の狐、傍らには“キョトン”と座り込んでいる娘。

「えやっ!」

 掛け声と共に園の端に降り立つ玄武。

「観念したか、氷狐怪人!」

 彼が指を突きつけ、威嚇した時――。

 

 大地から巨大な拳が生え、突如として玄武を殴りつける。

 驚きと共に吹き飛ぶ玄武の身を、大木の幹が受け止めた。

 

 呻く人の手足を絡める樹木の枝。首も絞まり、息が滞る。

「ぅやあっ!」

 と光を放ち、声を上げて枝を吹き飛ばした玄武を、乱舞する無数の木の葉が襲った。

 刃のように吹き抜ける葉の嵐だが、スーツは中々破れない。だが、確実に傷んではいる。

 

 次いで視界もままならぬ状況にある彼を土砂の波が押し流した。

 動乱最中の激流に、ズイと狐の仮面が現れ、玄武の身を押し込もうと腕を伸ばす。

 土中に埋もれよと渦を巻く状況から、光を発して飛び上がる玄武。

 どうにか空に逃れんとしたが、覆う樹木の枝葉がそれを拒み、挙句、有りえない程にしなった大木の一撃が玄武を打った。

「うっっぐ……」

 悲痛な声が溢れる。

 弾かれた彼が落下したのは湿った砂利の上。

 息を吐いて顔を上げようとしていた彼に、信じ難い自然現象、“山中の津波”が押し寄せる。

 

 流れを纏められた川の水は壁となり、砂利を巻き上げ、周囲の土砂を混ぜ込む。

 川原の土中より出でた黄土色の狐は両の腕を交差させ、振り下ろした。

 

 押しつぶされ、濁流に呑まれ、土砂に弄ばれる儚き人の身体。

 容赦の無い水流はやがて天へと昇る渦巻きとなり、それは物的な破壊力を有した竜巻として巻き上がった。

 さんざんに打ちひしがれた玄武のスーツは限界を迎えたのか、ヒビが入っている。仮面もまた、同じ。

 

 竜巻から放られ、宙を流れるぐったりとした人。

 その上に構えていたのは遥か地中よりせり上げられた巨大な岩石であった。

 

 石上に立つ黄土色の狐は軽く右の下駄を踏み鳴らす。

 同時、落下を始める巨石。

 落ちる岩に押されたまま、それと共に山中に埋まる玄武。

 土煙と腐れた木の葉が舞い飛ぶ様、狐の目に映る。

 

 

 墓石のように地に在る10tを超える岩石。

 やがてその周囲を枝葉が覆い、幹が巻きつき、成長を続ける。

 

 早送りの映像を見るように立派に育った偉大な程の巨木は、伸びきると同時にその広大な緑に多様な花弁を開かせ、実をつけた。

 

 激動の片鱗、轟音を花の園から感じていた輝歌は身を震わせて、言葉を失っていた。

 その背後、土中より飛び出す黄土色の影。

 狐は高下駄を鳴らしてそっ、と園に降り立ち、手にしている果実を輝歌に差し出した。

「驚かせたか――すまぬな、もう案ずる事は無い」

 黄土色の狐は「美味いぞ」と果実を薦める。

 だが、輝歌はそれどころではなく、凛とした目を狐に向けた。

「玄武さんを、どうしたのですか」

「ム、あやつのことか。案ずるな、もう済んだ」

 黄土色の狐は手にしてもらえない果実を丁重な所作で草花の上に置き、手を大きく交差させた。

 周囲の土が本日2羽目の鳥を形作り始める。

 輝歌は唇を噛んで狐を睨み付けた。

「今度こそ寒くは無い。そうだ、内部に部屋を作り、そこに入ろうか。城まではさして距離は無いが、快適な空の旅としようぞ」

「――私は、行きません」

「……何と?」

 強い口調で言い放たれた輝歌の言葉。黄土色の狐は作業を止めて視線を落とした。

 そこには、先刻までの穏やかさからは想像もできないほどに厳しい眼差しがある。

「おお……実に良い眼差し。芯が強き姫であるな」

「――私は、お姫様ではありません」

「いや、確かに姫であるぞ。よって、その責務は果たさねばならぬ」

「責務? 何のことですか」

「決まっておろう、主神に“遂げてもらう”のだ」

 輝歌は不機嫌な様相で眉間にシワを寄せた。

「遂げる……? 何をですか」

 出来かけの鳥が木漏れ日に照らされる。狐の面はその影で暗い。

「それも決まっておろう。主神に“命を断ってもらう”ことよ」

 狐の一言が過ぎし折。何処より、鳥の囀りが響いた……。

「命を――――断つ?」

「ウム。然りだが、知らぬか。それも然りかの」

「どうして、私を死なすのですか」

「主が望んだ。故に」

 当たり前のこととして黄土色の狐は言い、彫刻作業を再開した。

 輝歌はあまり理解こそできていない。しかし、自分の死を当然のことのように言われたので背筋に寒気を感じた。

「そのために私を連れ、そして玄武さんを……」

 声を震わせる輝歌。だが、涙は流さない。流せば、強さも流れてしまう。

 輝歌は、必死に強さを保って狐を睨んでいる。

「ウム、完成である」

 花の園に出来上がった巨大な美鳥。羽毛の代わりに生やした草が風に靡いている。長い後ろ羽は孔雀の物を真似た。

 自信作を眺め、顎を撫でて頷く狐。「さて」と娘に手を伸ばす。

 だが、娘は応じない。凛と、頑なに動かない。

「――ム、如何した?」

 黄土色の狐は「さぁ」と再び手を伸ばす。

「私は……行かないと言いました」

「うむ、しかし主神の望みは叶うもの。それは決まりだ」

「そんなの勝手すぎます。何故決め付けるのです」

「神が望むことが叶わぬ道理はあるまい」

「……まさか、私の死も、それだけの理由ですか?」

「如何にもだが、それが如何したのか」

 首を傾げる狐。輝歌は激しい怒りと悲しみを持ち、先程山林に消えた友のことを考えた。

「そんな好き勝手に命を弄ぶ“人”が神様だなんて――私は信じません!!

 声を荒げて着物の腕を払う。輝歌は息を乱しつつも視線は変えない。

 して、その視線の先。 黄土色の狐は先刻までの穏やかさを失っていた。

「なんと……ナント申したか?」

 “ざわ...ざわ...”と周囲の木々が揺らぐ。

「主神を、人と申したか?」

 花の園は活気を失い、緑が薄れて茶に染まりつつある。

「挙句、信じぬ、と? 横暴にも、神の是非をお前が決めようと?」

 “ぞぞぞ”と地面が隆起し、土が黄土色の狐を覆っていく。

「横暴な、実に許しがたい、“愚か”」

 狐を包む土は次第に巨大な人の姿へと変貌していく。

 輝歌が目の前の異変に畏れ、座ったまま身を引いた。

 3m程の巨大な土人間と成り、尚も周囲の土を集める狐。その姿は完全に覆われてしまった。

許せぬ、許せぬぞ、人よ――

 土から響く声は威圧に満ち、憎悪を容易に表現している。

 輝歌は肥大化する恐怖に畏怖を感じ、身を固めた。危うく涙が零れてしまいそうな心境。

 

 土人間はその拳を振り上げて、眼下の娘を見定めた。

<現世から失せるがよい、愚かな在よ……>

 

 振り上げた拳を叩きつけん、と土人間が唸った刹那。

 煌めく閃光が一筋、虚空を裂いた――。

 

ズビッ

 などと鼻をすすったような抜けた音が響く。だが、それは音の印象に合わず相当な威力を有した光線らしい。

 土巨人はやたらと物的な衝撃がある怪光線に撃たれ、しばし輝いて停止した後、草土を撒いて吹き飛ばされた。

 

 山中に消えた巨体。

 怯えていた娘は光線の来た方向を向き、その姿を確認した。

「玄武さんっ!!」

 明るく、安堵した声でその名を呼ぶ輝歌。

 視界の先には、スーツは破れ、仮面も口元が割れてしまったボロボロなヒーローが立っている。

「か、怪人めぇっ……痛いじゃないか、もうっ!!

 ボロボロな玄武は涙声で叫んだ。鼻水が垂れ下がっている様が、割れた仮面から露わになっている。

 ハッ、と気がつき、気を取り直して輝歌の元に近づく玄武。

「大丈夫かい、輝歌君!」

「玄武さん、よかった、本当に――」

「テクノロジーを舐めてはいけない。そして・・・僕はテクノロジーグリーンだって言ってるだろぅ、もぉぉっ!

 手にしている光線銃を振り回してまた涙を流す玄武。

 輝歌は「アハハっ、そうでした、ゴメンなさい」と笑顔を浮かべて立ち上がった――が。

 

 

 

<万死に値する……所業ォっ!!!>

 山中に響き渡るくぐもった轟音。それは土人間の声。

 輝歌と玄武が「ひえぇっ」と恐れおののき見上げた先。

 

 視線を阻む樹木のさらに上。その姿は一目瞭然に確認できる。

 どれほどであろうか。おそらく、30mはゆうに超えている。

 

 山中に聳える土の巨人は両腕を広げて「グゥオオ」と唸った。

 その胸中に有る枝葉に覆われた空間。一切の汚れ、亀裂が無い黄土色の狐は手の平をガシリと合わせ、腕を震わせている。

万死、万死である! 逃れようの無い、死が確定っ!!

 巨人は大きく両腕を振りかぶり、小さき影2つを視界に捉えた。

 輝歌はその姿に威圧され、ヘタリと座り込んでしまった。

 しかし、玄武は対比的にも目を輝かせている。

 何故って――こんな展開、男の子にとっては堪らず武者震いしちゃう状況だからである。

うぉぉぉっ!! 怪人めぇっ、やっぱり巨大化したな! コノヤロウ!」

 玄武はテンション全開で飛び跳ねた。

 そして思い出したように腕に輝くブレスレットに口を近づけ、通信を開く。

「いよぉしっ、マイク指令、こちらテクノロジーグリーン!!」

【はい、こちら司令部】

DX(デラックス)四聖獣の出撃を要請する!」

【ラジャ、出撃を許可します】

 零れる会話を聞く輝歌は、目を点にして首をかしげた。

「・・・でらっくす、しせいじゅぅ?」

 

 

 

――――場所は、東京都某所。

 快晴の空の下、今日は絶好のプール日和である。

 ここ、座仏小学校では夏休みのプール教室が開かれており、およそ20名の少年少女が参加している。

 新任教師の橘 春香(タチバナ ハルカ)は得意の水泳を生かして生徒と触れ合おうと、勇んでこの教室の講師に名乗りを上げた。

 キャキャと騒ぐ子供達に笛を吹き、「はい、皆こっち見て〜。まずは先生と一緒に体操をしましょう」と手を振る。

 「は〜い!」と元気良く答える子供達の姿に思わず笑顔も弾ける。

「1・2・3・4、2・2・3・4」

「いち・に・さん・し、に・に・さん・し!」

 プールサイドで一頻り体操を行う。途中、あまりプール授業に乗り気ではない信勝少年が帰ろうとしたが「頑張ろうっ、ね!」と、どうにか説得して少年を引きとめた。

 

 さて、体操も佳境。手足ブラブラの運動も終わった頃。いよいよプールに入ろうと子供達が心を躍らせる。

 フライング気味に戸塚兄弟が駆け出そうとした、時分。

 

“ファーオッファーオッ!”

【警告します! プールから離れてください。警告します! プールから――】

 

 と、警報と繰り返しのアナウンスが発せられる。

 同時にプールとプールサイドを隔てる半透明な防護壁が高々と出現し、子供達とプールを完全に遮断。

 呆然と立ち尽くす春香先生と生徒達。「何コレ」と先生が呟いた時、それはおきた。

 

 警報の中、“開く”プールの底。

 水は向かい合う滝のように流れ落ち、プールだったそこはポッカリと開いた穴に成った。

 

 「ええ〜!?」と声を揃える先生と生徒達。

 何が何やら解からない彼らの眼前は更に信じ難い光景となる。

 

 競りあがってくる、ソレ。

 最初「何かな?」と思っていた彼らは、やがて「そんなまさか……」と疑った。

 だが、完全にその姿を現したソレはもう、どうにもなく確実にソレなのだろう。

 

 聳え立つ、5色の巨大な金属の塊――。

 日光を反射して輝くその巨体、それは紛れも無く巨大ロボ

 

 玄武超合金Gで作られたその姿に春香先生はただ、口を開いて呆気に取られるしかない。

 女子は苦々しい顔で「どういうことなの……」とただただ、それを見上げる。

 しかし、男子は概ね能動的な反応。

「ろ、ロボだ・・・」

「うん、ロボだね・・・」

「うぉぉっ、す、スゲェ・・・」

「ヒュゥ〜っ、たまんネェな・・・」

「……ロボット、本物……だ」

 目を輝かせ、防護壁に歩み寄り、ロボを見上げる少年達。信勝少年はそれすら叶わず、呆然と、込み上げる緊張に武者震いを堪えられずにいた。

 

【 DXシセイジュウ、発進!! 】

 

 音声ガイダンスの後、両腕を突き上げる巨大ロボ。

 その背中には赤色の翼が開き(意味は無い)、“バヂバヂ”と電気質な音を立ててエネルギーを溜め込む。

 歓声を上げる子供達を尻目に、巨大ロボは轟音を残して大空へと飛び立った。

 

 異常な存在は無くなり、気がつけばプールは元通り。

 春香先生と女生徒達は意味の解からない状況に危険を感じ、とりあえずその場を離れようとする。

 先生は未だ立ち尽くす男子生徒を呼び、興奮する彼らをどうにか収めてプールを離れた。

 混乱する彼らの中、1人黙々と平静を装う少年。

 

 この日は、信勝少年の将来を決定付けたターニングポイントである――。

 

 

 

 

――所変わって山梨山中。

 ゴミ拾いから帰り、一服を終えた倉島のじいさん。

 木霊する轟音に何事かと山小屋を出ると、見慣れた山の景色に見慣れぬ異形。おそらく腕と思われるものを振り上げている人の形をした巨大な物。

 倉島のじいさんは手ぬぐいを“パサ”と落とし、膝を着いて手を合わせた。

「か、神さまじゃぁ、山神様がお怒りになってしもうた! この山はもう、おしまいじゃぁ! ナンマイダナンマイダ……」

 諦めの心境ながら、祈りを捧げる爺さん――。

 

海に在れば水に、山に在れば土に――然を持って命を迎合す!!!

 振り下ろされる巨大な拳を前に、大慌てで輝歌を抱きかかえて玄武は飛び立った。だが、スーツが壊れかけているので今一速度と高度が出ない。

「く、くそうっ! 自動修復機能、まだ完成していなかったのか!」

 嘆きながらも低空を逃げる玄武。

 満身創痍の彼を捉えんと、周囲の枝が伸び、土は競りあがって妨害を試みる。

「はわわ、危ないですっ!」

 思わず目を手の平で覆う輝歌。玄武も「ひぁっ!」と叫んで時折目を瞑っている。実に危うい逃飛行。

 不意に、衝撃が身体を奔る。

「うわぁっ!」

「きゃっ!」

 驚き、凍てつく背面に目を向ける。

 氷の壁。彼らの進路を遮ったのは、どうやらこれらしい。

「うわわっ!」

 と焦り、上を目指すもまたヒヤリとぶつかる。

 上もダメか、と下を目指すがそこもヒヤリ。右も、左も、後ろも……。

 目を凝らせば解かる、この現状。どうやら6方全てを氷の壁が囲んでいるようだ。つまり、氷の箱である。

 どうするべきかと悩む玄武の背後に悠然と迫る巨大な影。

 土巨人はその箱ごと握りつぶそうと、広大な手の平を迫らせる。

 すわ、これにて最後かっ、と玄武が目を瞑った・・・・・・その時である。

 

 

 

 

 

キラッ

 

と彼方に瞬く一縷の光――――

 

 

 

 

 

 

 

デッデレデッデレデッデレ・・・(前奏)

 

 

【〜ヒーロータイムの歌〜

 

♪ 『 テクノロジー戦隊のテーマ 』  

作詞・作曲:アーティ=フロイス 歌:青山 龍進 ♪

 

 

そこのけそこ退け〜〜(*コーラス)魑魅魍魎〜

  許すものか、悪人跋扈の世界など〜

 

    怪人魔人なんのその! 残らず退治だ虎の拳

 

    悪魔妖怪かまわず玉砕! 滅殺御免だ龍の刃

 

 

 

失せろ物の怪立ち去れ怪物〜〜(*コーラス)正義の行い〜

  絶対無敵、完全無敗の僕らの味方〜

 

    イテマエ! ヤッテマエ! 打ち抜け朱雀の弾丸〜

 

    今だ! ここしかないぞ! 早くパナせ! 発動大砲四神キャノン〜

 

 

 そうだ、これこそ僕らの強い味方! 行け行けDX四聖獣〜♪

 

 

ゥオ〜、オ〜、ゥオ〜、オ〜♪

DX四聖獣〜、偉大なる鋼人よ〜〜――――デデーン♪

 

 

 

 

 

 

 轟音とBGMを鳴らして大地に降り立つ金属の巨人。

 巨大ロボ、DX四聖獣は山梨の山中に堂々と聳えた。

「キタ! よっしゃ!」

 ガッツポーズを決める玄武。

 輝歌はその意味が解からないのだが、とりあえず真似をしてみる。

 

 思わず手を止め、横に立つ巨大なロボを見る土巨人。その胸中、黄土色の狐に言葉は無い。怒ればいいのか、呆れればよいのか・・・これが現世なのか、と疑うことすらままならぬだろう。

 

 

 その隙に巨大ロボは氷の箱を握りつぶした。

 氷塊したたる巨大な手の平から飛び出す玄武。彼は輝歌を抱えたまま、開かれた巨大ロボの口からその頭部に入る。

 気がつけばコックピット。その空席は3つ。

 一面に広がるパノラマ世界。輝歌の視界には山梨の山林が観光名所の展望台から見下ろしたかのように広がっている。

 

 夏の盛りにある山々は深く緑。低くに見える地平線を山の峰が塞いでいる。

 快晴しきりの大空が近く、雲に触れるも容易く思えた。

 

 黄色の一席に座っている姫君。

「あらあら?」

 と、周囲を見渡す彼女のことはさておき。玄武が「怪人めっ、覚悟しろ!!」と叫ぶと巨大ロボはその両腕で“マッシーン”とポーズをとり、想像以上の速度で走り始めた。

 一歩踏み出すたびに木々は飛び、土は抉れ上がる。

 

 地表を行く狸は激しい地鳴りを恐れ、逃げ、

 枝に降りて羽を休めていたカッコウは驚き、逃げ、

 茸を採っていた夫婦は遠方より聞こえる意味不明な爆音に恐れ驚き、逃げ出した。

「いっけぇぇぇっ! 白虎拳!!!」

 痛烈な合金の拳が土巨人を捉える。

 顔の辺りが激しく凹み、不細工極まりない土巨人は唸りを上げた。

「ひゃわわわわ」

 と、顔を覆った指の隙間から規格外の光景を眺める輝歌。

 玄武はロボットの動きに合わせて腕を突き出し、無数にあるレバーの1つを勢い良く動かした。

「くらえっ、必殺白虎キィィィック!!」

 動きはトロ臭く見えるが、体長60m近いそれの一撃は重い。

 前蹴りはやたらと低位置にある土巨人の股間部分を蹴り上げた。

っっっつぉぉおおおおおおおお!!!

 痛みも傷も無いが――土巨人は呻きながら後退。しかしそれにめげず、巨人は周囲の山川木林を取り込み、巨大化して対抗。

 それを見て・・・ということもないだろうが。DX四聖獣は肩の後ろに手を廻して青い刀を取り出す。

「せい☆りゅう☆とぉぉぉおおおぅぅううううう!!!」

 大きく踏み出して巨人を撫で斬る。豪快な一振りは土砂草花を多量に弾き飛ばした。

 

 裂かれた泥土の狭間で、剥き出しの蔓草が空間の再形成を開始している。

 刃が通過した黄土色の着物はそれでも無傷で、仮面もまた健在。

 ただし、面の下のツラは尋常ならざる激怒によって歪み、年季のシワがくっきりと刻まれている。

 狐は腰元で両腕を組み、「ダラァァァ!!!」と大量の気を込めた。

 背後の山肌に手を着けた巨人が呼応するように身を震わせて仰け反ると、ストローで砂糖の山を吸い取るように減少していく山。対比して、巨人は更なる巨体へと変貌していく。

 

「奥義、アルフレッド・グレネード・ファイナr――――うぃっ!??」

 大きく跳び、巨刀を振り上げていた巨大ロボを振り払う平手。

 雲も突く巨大な土の塊は、山2つ程の大魔神。手を振り上げれば文字通り雲が突かれて散って行く。

「おわぁぁああああ!!??」

「ひゃああぁあああ!!!!」

 薙ぎ飛ばされた合金の巨体は山林を抉り、川の流れを変えた。

 

神、罰を――/――卑小な、生命如き! 容易くっっっ!!!!

 蔦の間で叫ぶ狐の声が増幅され、膨大な土砂から発せられる。

 増大を続ける土巨人の全身に霜が発生し、その拳は厚い氷に覆われる。

 天は雲に覆われ、暗がりとなった山中に、しっとりと、粉雪が舞い落ちる。

 土巨人の一挙手一動が風を呼び、周囲は吹雪の様相を呈してきた。

 

 ロボのコックピット内。

「大丈夫か、輝歌!?」

「び、びっくりしました……でも、あんまり痛くない――??」

「く、くそう。氷狐怪人め! ・・・――おおおっ!!???

 不思議そうな輝歌の前。玄武は視界にある、更に本気を出したらしい土巨人を見て何かを勝手に悟った。

「ようし、そうか! ならばこちらも必殺だ!! 輝歌君、マイク、準備はいいか!?」

【ラジャです、テクノロジーグリーン】

「は、はい?」

 困惑する輝歌の前で開き、出現する謎のボタン。

 そのボタンには「必殺ボタン」と表記してある。

「あ、あの。これは・・・と、いうかこの状況は・・・」

演出は大事なの! さぁ、僕はもう押したよ。輝歌も早く押して!」

「え、でも。これって何が――」

「んもぅっ、早くってばぁ!!」

「え、あ、は、はい!」

 急かされてとりあえず押してみる輝歌。

         すると――――強い違和感。

 違和感は土巨人、つまり黄土色の狐もありありと察したのだが……それはあまりに怪奇極まりない事。

 

 忽然と山林は姿を消し、ただただ真っ黒な世界。

 見渡すも何も距離や時間まであやふやな意識。とにかく、突然に真っ黒な場所に移動したらしいことだけ解る。

 事実、この世の誰も気がつかなかったが、「時」は一呼吸の間停止していた。

 

 

なん、だ……此処は……???

 

 掠れるような声で狐が呟く。

 主神の声も、気配すら感ぜられない。そもそも、“いる”のか? それが不確定。

 土巨人は得体の知れない異空間で絶句した。

 

 狐ですら意味の解らない世界。輝歌にこの変化が解るわけもなく、とにかく「辺りが急に暗くなったわ」という視覚印象の変化に微笑むだけ。

「よぉし、くらえええ!!!

 フと思った頃に、巨大ロボはこれまた巨大な戦艦型の何かにセットされている。

 それがエネルギーを吸引しはじめると周囲の真っ黒は5色に輝き、いよいよ異次元の様へと変貌して行く。

 異空間でも異質な輝きに輝歌は「わぁ、綺麗ですね〜」と手を合わせて喜んだが、黄土色の狐にとってはそんなことどうでもよい。

うぉぉ、答えよ、主! 如何した!? ここは、ここはどこぞ! 答えよっ!!!

 悲痛に狐は訴えるが、既にその仮面には深い亀裂が奔っている。

 

手遅れ。いつからかは解らない。

 

 とにかく、手遅れだ。

 

 

 

「ピシッ」――割れる空間

 

 

“グォゴゴゴゴゴゴゴ”

 

 

「ペキッ」――軋む時空

 

 

 

 エネルギーは満ちた。戦艦の主砲としてはあまりにも広大すぎる口。

 それもそうだ。これはあくまで“大砲”としての機能がメインなのだから。

 

 轟く音、揺れる機体。

「いっくぞぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!」

「なにをですかぁぁぁ!!????」

 凄まじいプレッシャーに輝歌も声を強める。

 

何が、何やら・・・・・・

――――んんもぉおおおお大オオ!!!!!!

 

 

 土巨人が両拳を振り上げ、叩き下ろそうとした時は既に遅し。戦艦の砲口からやたら物質的な圧力のある光が放たれた後であった。

 

 

 光は土巨人に突き刺さり、その全体に浸み込んでいく。

がぁぁぁぁぁあぁ……!!!

 輝き、もがく土巨人。

 中で同じく苦しむ黄土色の狐はそれどころですらないが、すでに周囲は元の世界に戻っている。

 

吹雪く粉雪、

天を覆う雲。

 

 それら一切を弾き飛ばす、エネルギーの大・爆・発。

 輝くエネルギーは全体から放出され、膨大な土砂が飛散する。

 

 抜け殻の土巨人はその身を形成する支えを失い、崩れ、山梨の山中に一つの山として成った。

 

 空は雲影を失い、天候もそれに習う。

 良き登山日和となったその日に生じた新たな山。これの山頂には着物が弾け飛び、フンドシ一枚となった大柄な老人が大の字に倒れている。仮面はかなり前の段階で弾け跳んだ。

 

 やがて老人は一介の灯となり、赤い球へと飛んで行く。

 その光を見送る巨大ロボ。

「これにて、一件落着だよっ!」

 コックピットの中で玄武が決着のポーズを決めた。

「狐――さん?」

 輝歌は何かを探しているのか、操縦席から身を乗り出している。

 

 電磁音が山に鳴り、合金の両腕が天に突き上がる。反射する日光が眩しい。

 『ワハハハっ』と音声を発して飛び立つ巨大ロボ。

 透きあがる天を颯爽と去るその姿はやがて小さくなり、輝きの点となって消えた。

 

 

 

 倉島の爺さんは消えた人工物を何者かと思い、神を倒したと怒りもしたが、山を助けてくれたことには感謝した。

「山の神様よぅ、お怒りはもっともだ。神様は、忘れちまった山の怖さをオラ達に伝えに来たんだなぁ……すまねぇなぁ」

 倉島の爺さんは新しい山となってしまった神様のことを思い、額を土に着けて畏怖と感謝を伝えた。

 

 

 山は、爺さんの口伝えもあってか。『山神山』として定着することになる――――。

 

 

 

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